金光教の時間
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金光教のラジオ放送が始まったのは、1951年11月24日である。以前にも、佐藤範雄・佐藤一夫・高橋正雄等が、NHKなどで数回にわたっての単発放送を行ったことがあるが、継続した番組となったのは戦後である。 当時、民間放送が始まった時点で、朝日放送ラジオから、文化の向上に資する教養番組の内容として、宗教放送を取り上げたいという方針が打ち出されて、西本願寺(浄土真宗本願寺派)、東本願寺(真宗大谷派)、知恩院(浄土宗)、カトリック、プロテスタント、天理教と金光教の7宗派に協力の依頼があり始まった。したがって、当時の放送料金等は無料であった。
金光教のラジオ放送番組では、教主や教監の挨拶や教話以外に、1959年の金光教立教百年の年には、放送劇「天地の如く」[注 2]という教祖伝記ドラマを13回に渡って放送するなど、その当時からラジオドラマに力を入れていた。
異色なものとしては桂米朝が当時内弟子になって間もない桂小米と大阪駅で金光教の団体列車に遭遇し、その列車に間違って乗ってしまうというくだりで始まる金光教紹介「ある落語家の物語」(三田純一作)なども作られ、当時の金光教本部のたたずまいが桂米朝の語りと録音構成で紹介されていた(これらの内容は金光図書館で閲覧貸し出し可能である)。
本格的な放送番組の安定制作を行うため、1976年に大阪に金光教電波布教センター(後に金光教放送センターと改称)を設置。現在に至っている。
放送されていなかった地域では、録音等により内容の紹介が行われたが、各地の要望により次第に放送エリアは拡大、たとえば長崎放送やニッポン放送などの場合は、地元の教会連合会の要望で電波料の地元負担により放送が始まった。