金剛組
日本の建設会社
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株式会社金剛組(こんごうぐみ、英語: Kongo Gumi Co.,Ltd.[2])は、大阪府大阪市天王寺区に本社を置く、日本の建設会社である。聖徳太子が招聘した宮大工が、578年に創業した世界最古の企業である[注釈 1]。
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本社 | |
| 種類 | 株式会社 |
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| 市場情報 | 非上場 |
| 本社所在地 |
〒543-0051 大阪府大阪市天王寺区四天王寺一丁目14番29号 |
| 設立 |
2005年11月1日 創業は578年 |
| 業種 | 建設業 |
| 法人番号 | 1120001112632 |
| 事業内容 | 寺社建築の設計・施工・文化財建造物の復元、修理 |
| 代表者 |
多田 俊彦(代表取締役会長) 大槻 純一郎(代表取締役社長) |
| 資本金 | 3億円 |
| 売上高 | 30億2,940万円(2019年3月期)[1] |
| 経常利益 | 4,469万3,000円(2019年3月期)[1] |
| 純利益 | 719万6,000円(2019年3月期)[1] |
| 純資産 | 6億5,659万3,000円(2019年3月期)[1] |
| 総資産 | 23億9,492万円(2019年3月期)[1] |
| 主要株主 | 髙松コンストラクショングループ(100%) |
| 主要子会社 |
株式会社金剛組エンジニアリング(100%) 株式会社中村社寺(100%) |
| 外部リンク | www.kongogumi.co.jp/ |
創業から1955年の法人化を挟んで2005年まで金剛一族が経営してきたが、同年11月より髙松建設(現・髙松コンストラクショングループ、大阪市淀川区)の子会社(現在は孫会社)へ移行している。
概要
沿革

- 578年、四天王寺建立のため聖徳太子によって百済より招かれた3人の宮大工(金剛、早水〈はやみ〉、永路〈ながみち[6]〉)のうちの1人である金剛重光(こんごうしげみつ[6])により創業。近世に至るまで四天王寺お抱えの宮大工となる。
- 593年、四天王寺創建。
- 四天王寺を築いた工法は現代も金剛組「組み上げ工法」に生きている。
- 1576年、織田信長の焼き討ちにより四天王寺焼失。
- 16世紀にかけて、大坂城建設に携わったと伝えられる。
- 1614年の大坂冬の陣で再び四天王寺焼失。四天王寺は戦火や自然災害のため7度の焼失と再建をくり返すがその都度、歴代の金剛組が再興に取り組んだ。
- 1868年、四天王寺、寺領を失う。金剛組は四天王寺からの禄を受け取れなくなる。
- 1903年、大鐘楼の建立。
- 1934年、室戸台風で四天王寺五重塔が倒壊。第38代棟梁で歴代初の女棟梁・金剛よしえ[注釈 2]のもとで金剛組が再建を果たす。
- 1955年2月3日、株式会社化。
- 2005年11月1日、髙松建設が全額出資した新・金剛組が設立される。
- 2006年
- 2007年7月、民事再生手続き中の株式会社中村社寺の全株式を取得[7]。
- 2008年
- 2011年3月30日、親会社が髙松コンストラクショングループから(新)髙松建設に異動[8]。
- 2013年10月28日、39代目金剛利隆が後継者不在のまま89歳で死去。
- 2014年1月11日、宮大工たちが1年の安全を祈る神事「手斧(ちょんな)始め」(大阪市無形民俗文化財)が、史上初めて、当主不在のまま行われた(金剛組相談役で権大工の植松襄一が「正大工代務者」として代行を務めた)[9]。なお現在も日本で「手斧始め」の伝統を受け継ぐ建設企業は金剛組と清水建設のみとなる。
事業所
主な施工物件
関連会社
テレビ番組
- 日経スペシャル ガイアの夜明け ニッポンの伝統力 ~世界一!老舗企業の底力~(2008年1月8日、テレビ東京)[5] - 老舗企業の奮闘を取材。