金斗燮
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エピソード
1960年の第5代総選挙から2012年の第19代総選挙まで、金浦郡・市を含む選挙区から計14回出馬したが、13回も落選し、9回目の出馬となる1992年の第14代総選挙のみ106票差で当選した。これにちなんだ「八転九起」は当時の政治圏の話題にもなった[2]。1993年、韓国ギネス協会は「韓国における総選挙出馬回数の最多記録」と認定したが、その後も記録の更新を続けた[3]。
1960年の第5代総選挙では元上司の鄭濬に敗れて落選した[3]。
2016年の第20代総選挙では事情により候補者として登録できなかった[4]。2020年の第21代総選挙にも出馬の意欲を示した[5]。
政治活動以外は金浦やソウル市内で太極旗とプンオパンの露店販売を行い[6][3]、大韓民国国旗広報中央会京畿道支部長・常任顧問も務めた[7][8]。2013年4月、太極旗普及のため、三輪オートバイで金浦市陽村邑を訪れたところ、橋脚と接触したため、バイクが転倒し水路に落ちた。30分ほど水に浸かったが、付近の村民に救出され病院に搬送された[9]。
脚注
- 1 2 3 “대한민국헌정회”. www.rokps.or.kr. 2025年5月23日閲覧。
- 1 2 3 “[부고]‘총선 8전 9기’ 김두섭 前의원” (朝鮮語). 동아일보 (2024年7月11日). 2025年5月23日閲覧。
- 1 2 3 4 5 이충원 (2024年7月10日). “기네스협회도 인정한 최다 총선 출마자…김두섭 전 의원 별세(종합) | 연합뉴스” (朝鮮語). 연합뉴스. https://www.yna.co.kr/view/AKR20240710087051505 2025年5月24日閲覧。
- ↑ “"60년 동안 김포시민 성원에 감사드립니다"”. 김포신문 (2016年3月29日). 2025年5月24日閲覧。
- ↑ “14전 15기, 60년 동안 해 온 적극적인 정치활동”. 김포신문 (2019年11月20日). 2025年5月24日閲覧。
- ↑ “태극기 노점상 김두섭씨”. 김포저널 (2007年3月30日). 2025年5月24日閲覧。
- ↑ “19대총선 예비후보 3명 등록마쳐”. 씨티21뉴스 (2011年12月15日). 2025年5月24日閲覧。
- ↑ “18대총선 김포선거구 5대1 경쟁률 기록”. 씨티21뉴스 (2008年3月26日). 2025年5月24日閲覧。
- ↑ “김두섭 전 의원 구사일생 목숨 구해”. 김포신문 (2013年5月14日). 2025年5月24日閲覧。
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