三田学園高から、1980年にドラフト外でロッテオリオンズに入団[1]。
1985年のジュニアオールスターゲームに大会初となる兄弟同時出場を果たす。同年はイースタン・リーグ盗塁王とベストナイン(遊撃手)を受賞する。
「走・攻・守」万能の選手として水上善雄、佐藤健一(兼伊知)に続く活躍が期待されたが、1986年の試合中に、右肩打撲骨折の大怪我を負う。
肩の故障が完治せず、一軍戦は1985年に代走として1試合出場したのみで1987年に現役を引退[1]。
引退後は、全国野球振興会(日本プロ野球OBクラブ)、千葉ロッテマリーンズベースボールアカデミーの講師として活動。