1991年にOBと契約した。
入団後はしばらく主にワンポイントリリーフとして活躍した。
1993年にはリリーフでチームトップタイとなる23試合に登板して1.85の防御率を記録した。
そうするうちに1994年9月4日にOBベアーズでチーム内騒動が勃発。姜永寿、秋性建などとともにこの騒ぎを引き起こした張本人として球団からは信頼を喪失した[1]。
事件の余波と成績不振により、1995年のシーズン後に放出された。
その後は現代ユニコーンズと契約した。
1998年も中継ぎとして活躍。秋には韓国シリーズの出場エントリーに上がり、人生初のシーズン総合優勝を経験。
1999年に現役を引退し、10年にわたった選手生活に終止符を打った。
引退後は野球界から離れて一般企業に就職。