秋性建
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OB時代
1993年に大きな期待を受けて入団したが、初年度は86試合に出場して.218の打率を記録、その翌年には71試合に出場して打率.236と凡庸な成績だった。
しかし、OB選手団の集団離脱事件の元凶として烙印を押され、球団から嫌われた[1]。
1996年に入隊し、1998年に除隊された。
同年オフにタイロン・ウッズが入団すると、居場所を失い1999年のシーズン後に放出された[2][3]。
SK時代
2000年にSKワイバーンズに移籍すると84試合に出場して打率.302を記録し、キャリアハイを飾った。同年はチーム内の最高出塁率を誇り、64安打で29打点を記録するなど、悪くない活躍を見せた。
2001年のシーズンには右翼手に転向した。
しかしシーズン中盤に負傷し、シーズンが終わった後に放出されて引退した。引退時の年齢は32歳、かなり若い方だった。
引退後
引退後は母校のソウル高等学校野球部のコーチに就任。