釜石慶太
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小学校1年から距離スキーを始めた。中学校では野球部に所属しながら、スキーや陸上でも活躍したが、高校では陸上一本に絞ろうと決めていた[3]。
仙台育英陸上競技部から声がかかり進学。当時の名将である渡辺高夫監督の指導のもと、1年生の時は怪我に泣かされたが、2年、3年と都大路を走り区間賞を獲得。チームの3連覇に貢献した。
高校卒業後は東洋大学に進学。箱根駅伝には1年生と2年生の際に山登りの5区を走り、4年時にはキャプテンを務めるなど、トップレベルの選手として活躍した。
東洋大学卒業後、実業団チームへは進まず山形県上山市の上山市役所に公務員として就職。公務員として2年間勤務していた時期に、母校である仙台育英から「女子陸上競技部の監督として戻ってこないか」という話があった。自身の人生を変えた「仙台育英の3年間」への強い思い入れや、陸上への情熱が再燃したことなどから、この打診を受諾し、2012年4月1日に仙台育英高校女子陸上競技部の監督として正式に着任、指導者の道を歩むことになった。なお、着任直前の仙台育英高校では、東日本大震災による練習環境の悪化や学校内の清野純一監督の解任人事を巡り、関根花観や服部弾馬らが豊川高校へ転校するなど混乱があった。
仙台育英高校女子駅伝監督就任1年目の2012年都大路大会は、全国大会20年連続出場記録をなんとか維持できたものの、結果は43位となった。前年の2011年大会は関根花観らの活躍で3位であっただけに外野からのバッシングもあった[3]。その後、就任6年目の2017年に大会史上2位の好記録で23年ぶりの都大路全国制覇。その後、2019年大会で優勝、2021年大会で優勝などの結果を残している。
主な育成選手
脚注
- ↑ VOL.13 仙台育英学園高等学校 陸上競技部(長距離)女子 監督 釜石慶太 | 仙台育英学園
- ↑ 仙台育英女子陸上、釜石慶太監督の異色の経歴とは。そのルーツは箱根駅伝にあった。 | とし音ぶろぐへようこそ
- 1 2 VOL.13 仙台育英学園高等学校 陸上競技部(長距離)女子 監督 釜石慶太 | 仙台育英学園
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