釣島海峡
瀬戸内海西部斎灘と伊予灘を隔てる海峡
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地理
海難事故
大小さまざまな船舶の行き交う瀬戸内海の幹線航路であるため、過去には幾度か海難事故が発生している。
- 1932年(昭和7年)8月16日 - 「日福丸」と「日出丸」(ともに船種、トン数不詳)が衝突して「日福丸」が沈没。乗員19人が死亡[3]。
- 1943年(昭和18年)5月15日、北条鹿島沖合で関西汽船所属の定期旅客船「浦戸丸」(1326トン)が貨物船と衝突して沈没。数名の遺体が興居島周辺に漂着した[4]。
- 1944年(昭和19年)6月13日には由利島沖で伊号第三十三潜水艦が沈没しており、興居島の御手洗海岸には慰霊碑が建立されている[5]。
- 1977年(昭和52年)4月 - 釣島海峡を航行中の貨物船とタンカーが衝突、パナマ船籍の「アストロ・レオ号」が炎上した。また、同船から1600kl以上の原油が流出、半分以上は火災により燃焼したが、残りは海峡内に広がった[6]。
