瓜の鉄砲漬
日本の千葉県成田市・香取市一帯で作られる漬物
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概要
発祥と歴史
原材料の変遷
昭和30年代は千葉県内でもシロウリの生産は盛んであり、千葉県産シロウリを用いて鉄砲漬が作られていた[6]。
昭和40年代の高度成長時代になると鉄砲漬の売り上げは急増し、千葉県産シロウリだけでは需要を賄いきれなくなったため、台湾産シロウリを輸入して使用するようになった[6]。昭和40年代半ばには千葉県産と台湾産の使用比率は半々くらいになる[6]。
1966年(昭和41年)に新東京国際空港(現在の成田国際空港)の建設が閣議決定され、空港建設にともなう用地買収によって、また空港関係の仕事に従事する人のための住宅地として農地は転換され面積を減らして行き、ついには成田周辺でシロウリを作る農家は無くなってしまった[6]。その後、台湾のシロウリ生産も減り、シロウリの輸入先はインドネシア、タイ、フィリピンへと移り変わって行く。成田市内のある製造業者では、鉄砲漬の原料のシロウリは昭和50年代には100パーセント輸入物となっていた[6]。それでも不具合は起こらず、売上は増加の一方であった[6]。
原料価格を切り下げ、製造コストを下げて製品の価格を下げ、市場のすそ野は広がったが、2000年過ぎたあたりから「価格は高くとも千葉県産シロウリで作った鉄砲漬が食べたい」という消費者の声が上がってくるようになった[6]。
しかしながら、既に農地は無く、かつてシロウリ農家だった人は高齢化し、子息はサラリーマンで農業後継者ではなくなっているため、すぐに千葉県産シロウリで製造するのは困難である[6]。件の製造業者が原料となるシロウリ、唐辛子、紫蘇の葉のすべてを日本国内産とした贈答用の鉄砲漬を販売したところ、好評を博している[6]。
日本国内産の瓜を使った鉄砲漬を復活させるために、2010年からJA成田市と生産農家が協力して「成田市産の瓜の鉄砲漬プロジェクト」が始まり、2021年時点では10件の契約農家がシロウリを生産している[7]。