「てっぺん」を意味する方言「てっぴ」に由来するとする説が有力だが、名前が突飛で古くから関心を引いたためか、数多くの謂れが伝わっている。
『慶長切支丹怪秘記』は佐渡金山開発に貢献したポルトガル人ヒモンヤス・テッピョウスの住所がそれぞれ碑文谷と鉄飛坂となったとするが、碑文谷は室町時代以来の地名であり、矛盾する。
また、碑文谷太郎道政が後三年の役で捕虜として連行した鉄の飛を当地に住まわせたことに由来するという話や、鎌倉時代に荏原太郎義利の家臣鉄飛十郎兵衛が当地の名主として坂上に居住していたという話も伝えられている。
元寇の際の『金沢殿着到状』に載る鉄飛五郎との関連も指摘される。
「てっぴ」を「鉄砲」の転訛として、鉄砲鍛冶が住んでいたことに由来するとする説もある。