鍋茶屋
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1846年(弘化3年)に創業。1878年(明治11年)9月には、明治天皇の新潟への行幸の際に料理を出す[2]。現在の建物は、1908年(明治41年)に二度起きた新潟大火の後に再建されたもので、昭和10年代の増築によって200畳の大広間が設けられた[2]。
政財界や文化人も多く利用し、特に明治末期から大正期に新潟県知事を務めた清棲家教や坂仲輔、皇族の東久邇宮盛厚が鍋茶屋をひいきにしていたといわれる[2]。
尾崎紅葉の句「短夜の 夢ならさめな 樽ぎぬた」は鍋茶屋での樽砧について詠まれたものである[3]。
以前[いつ?]までは一見さんお断りだったが、不況や娯楽の多様化や官々接待の激減により低迷したために近年[いつ?]撤廃し、一般市民の集客に切り替えた。低価格化やセットプランを中心に切り替え、ブライダル部門も立ち上げ、大衆化した。
観光列車「海里」の食事メニューを運行開始初年より担当している[4]ほか、2019年大人の休日倶楽部ポスターの撮影地となった[5]。
