東堀通

From Wikipedia, the free encyclopedia

東堀通
東堀通
東堀通
北緯37度54分57.99秒 東経139度2分28.13秒 / 北緯37.9161083度 東経139.0411472度 / 37.9161083; 139.0411472
日本の旗 日本
都道府県 新潟県
市町村 新潟市
中央区
人口
(2018年(平成30年)1月31日現在)[1]
  合計 911人
等時帯 UTC+9 (日本標準時)
郵便番号
951-8065[2]
市外局番 025 (新潟MA)[3]
ナンバープレート 新潟
※一部人口等に秘匿がある為、秘匿ない部分のみ人口等加算されています。
テンプレートを表示

東堀通(ひがしぼりどおり)は、新潟市中央区市道、またはその沿道の町名。現行行政地名は東堀通1番町から東堀通13番町。住居表示未実施区域[4]郵便番号は951-8065[2]

地理

新潟中郵便局

1872年(明治5年)から現在までの町名で、新潟町の町域改編に伴い片原通・古洲崎町の一部から改称[5]。当地域の人口は938人(2011年3月1日現在[6])。東堀の名は、かつてこの通りにあった東堀(片原堀)に由来する[5]

信濃川河口付近左岸古町通の東側を並行するように南北へ走る片側2車線の道路である。通りは上手の白山神社側を起点に1番町から13番町まである。沿道の町名は西側が東堀通、東側が東堀前通となる。これはかつて堀の両端の道がこう呼ばれていた名残である。通りに直交する道路は小路(こうじ)と呼ばれる。交差する小路については、外部リンクの通りと小路の一覧、もしくは古町 (新潟市)#交差する小路の項を参照。

古くから通りの西の古町通、東の本町通とともに栄えた新潟の中心地域にあり、第四北越銀行本店、新潟中郵便局などが立地する。沿道に立つ主な施設については、古町 (新潟市)#主な施設を参照。

歴史

名の由来にもなった片原堀(片原川とも)は、承応3年(1654年)に新潟町がこの地に移転した際、西の寺町堀(現在の西堀通)とともに整備された[7]。この堀は信濃川に沿うようにやや曲がりながら進むため、自然の川を活かして整備されたという説もある[8]。堀からは信濃川へ注ぐ水路が5本(白山堀、新津屋小路堀、新堀、広小路堀、御菜堀)掘られていた[9]

堀の西側は早くから店を構える者が多く、中間点(現在の東堀交差点付近)には町会所が置かれた[10]。通りに直交する道路は小路(こうじ)と呼ばれ、表間口が並ぶことはなかった。例外的に上手にある片原通と古町通を結ぶ小路には小揚(堀の船乗り)の小間口が並び、小揚小路と呼ばれていた[11]明治5年(1872年)10月に片原堀は東堀と改められ、埋め立てられた後に東堀通と名付けられた。東堀通は長らく西堀通に対抗する4車線の一方通行道路であったが、2008年7月24日に片側2車線の対面通行となった[12]

年表

  • 1654年(承応3年) : 新潟町が現在地に移転した際に整備される。
  • 1872年(明治5年) : 新潟町の町域改編に伴い片原通・古洲崎町の一部から「東堀通」に改称する。
  • 1879年(明治12年)4月9日 : 新潟町の区制移行により、新潟区の町丁となる。
  • 1889年(明治22年)4月1日 : 新潟区の市制施行により新潟市の町丁となる。
  • 2007年(平成19年)4月1日 : 新潟市の政令指定都市移行により、中央区の町丁となる。

世帯数と人口

2018年(平成30年)1月31日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]

町丁世帯数人口
東堀通1番町 85世帯 131人
東堀通2番町 22世帯 37人
東堀通3番町 50世帯 89人
東堀通4番町 42世帯 66人
東堀通5番町 29世帯 51人
東堀通8番町・9番町 22世帯 36人
東堀通10番町 26世帯 37人
東堀通11番町 149世帯 180人
東堀通12番町 77世帯 134人
東堀通13番町 80世帯 150人
582世帯 911人

小・中学校の学区

市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[13]

町丁番地小学校中学校
東堀通1番町全域新潟市立白山小学校新潟市立白新中学校
東堀通2番町全域
東堀通3番町全域
東堀通4番町全域
東堀通5番町全域
東堀通6番町全域新潟市立新潟小学校新潟市立寄居中学校
東堀通7番町全域
東堀通8番町全域
東堀通9番町全域
東堀通10番町全域新潟市立日和山小学校新潟市立新潟柳都中学校
東堀通11番町全域
東堀通12番町全域
東堀通13番町全域

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI