徳島県生まれ。徳島県立城東高等学校卒業後、共立女子大学国文科入学。1977年、大学一年時に劇団四季のオーディションに合格。大学中退。1983年の『Cats』初演時のキャスト(ディミータ役)に選ばれる。当時のキャストに、久野綾希子、保坂知寿、山口祐一郎、浜畑賢吉、元「ジャニーズ」の飯野おさみ、後の浅利慶太夫人となる野村玲子らがいる。数々の作品に出演するとともに、劇団内ダンスキャプテンとして後進のダンス指導に努め13年間在籍。1990年退団。1992年からは振付師として、劇団四季、宝塚に続き日本のミュージカル界を牽引する劇団と評される音楽座、わらび座等で数々の作品の振付を担当。
その他、芸能事務所や専門学校等においてのダンス講師、コンサート、テーマパークでの振付等多数。またプロのミュージカル俳優を目指す後進の育成にも心を砕き、自身の養成所(東京都下北沢、入所条件等非公表)において、ダンス指導、歌唱指導、演技指導を総合的に行う独自のカリキュラムにより、劇団四季研究生、東宝ミュージカル『レ・ミゼラブル』、『ミス・サイゴン』等へ多数の合格者を輩出している。
また、日本国内のミュージカルの普及にも努め、自身の故郷でもある徳島県阿南市の市民劇団「夢創(ゆめつくり)」、宮城県気仙沼市の演劇塾「うを座」、新潟県のミュージカル劇団「オンディーヌ」等で振付、指導を行っている。
チャリティーミュージカルユニット「CARE-WAVE-AID」の代表として、2007年よりノンフィクションミュージカル公演を実施。難病、紛争、災害の現実を伝えること、またその被害者への支援を目的とし、キャスト、スタッフとも著名人が名を連ねるが、すべてボランティアにより運営、その収益はすべて様々な支援活動団体へ寄付されている。
「CARE-WAVE-AID」は、エイズなどの問題を解決するためチャリティーミュージカルを行うブロードウェイの「Broadway Cares/Equity Fights Aids」をモデルとしており、様々な社会問題を知ってもらうと同時に、支援の精神を要として日本における寄付文化の発展にも寄与したいと語っている。
東日本大震災時には、人手を募り、少なくとも四回トラックで現地に赴き、支援品の運搬、分配や瓦礫処理等の支援を行っている。また、被災地となった自身の指導する演劇塾『うを座』(宮城県気仙沼市)の子供たちを元気づけ、被災地の子供たちに夢と希望を与えたいと、市民劇団『夢創(ゆめつくり)』(徳島県阿南市)の子供たちの呼びかけから売り上げを支援金とする合同ミュージカル公演を実施した。
自身が演出・振付・脚本を手掛ける、演劇を通した支援活動は、NHKドキュメンタリー等のマスメディアでも取り上げられた。