Wikiwand AI

長後駅

神奈川県藤沢市下土棚にある小田急電鉄の駅 From Wikipedia, the free encyclopedia

長後駅(ちょうごえき)は、神奈川県藤沢市下土棚にある、小田急電鉄江ノ島線の駅である。駅番号はOE 08。藤沢市の駅としては最も北に位置する。

所在地 神奈川県藤沢市下土棚472
北緯35度24分45秒 東経139度27分56秒
所属路線 ■江ノ島線
概要 長後駅, 所在地 ...
長後駅
西口(2025年2月5日)
ちょうご
Chogo
◄OE 07 高座渋谷 (2.2 km)
(1.8 km) 湘南台 OE 09►
所在地 神奈川県藤沢市下土棚472
北緯35度24分45秒 東経139度27分56秒
駅番号 OE08
所属事業者 小田急電鉄
所属路線 ■江ノ島線
キロ程 14.0 km(相模大野起点)
新宿から46.3 km
駅構造 地上駅(橋上駅)
ホーム 2面4線
乗降人員
-統計年度-
[小田急 1]31,840人/日
-2024年-
開業年月日 1929年(昭和4年)4月1日
テンプレートを表示
閉じる
東口(2025年2月5日)

歴史

年表

駅名の由来

高座郡の長である「長郷」が変化した「長後」が由来となっている。

駅所在地の下土棚も北隣の長後も現在は藤沢市の大字だが、駅が開業した1929年当時、下土棚は高座郡六会村の大字、長後は同郡渋谷村の大字だった。そのため、小田原急行鉄道は地元と話し合い、駅名を「新長後駅」とした[2]。その後、下土棚は1942年に、長後は1955年にいずれも藤沢市の大字となり、1958年に「長後駅」に改称された。

駅構造

3・4番ホーム藤沢方より相模大野方を望む(2004年11月27日撮影)
さらに見る 長後駅 配線図 ...

長後駅
配線図
↑高座渋谷駅
4 3 2 1
STRg STRf
KRW+l KRWgr KRWgl KRW+r
PSTR(L) PSTR(R) PSTR(L) PSTR(R)
PSTR(L) PSTR(R) PSTR(L) PSTR(R)
PSTR(L) PSTR(R) PSTR(L) PSTR(R)
KRWl KRWg+r KRWg+l KRWr
KRWgl KRWg+r
STRg STRf

↓湘南台駅

閉じる

島式ホーム2面4線を有する地上駅。橋上駅舎を備える。また、湘南台寄りには渡り線が設置されており、緊急時には折返しが可能である。

かつてこの渡り線を利用して当駅で折返す列車が設定されていたことがある。

のりば

さらに見る ホーム, 路線 ...
ホーム路線方向行先[3]
1・2 OE 江ノ島線 下り 藤沢・片瀬江ノ島方面
3・4 上り 相模大野・新宿・C 千代田線方面
閉じる
  • 内側2線(2・3番ホーム)が主本線、外側2線(1・4番ホーム)が待避線である。

利用状況

2024年度(令和6年度)の1日平均乗降人員は31,840人である[小田急 1]。小田急線全70駅中33位。

1991年度(平成3年度)以降乗降人員数は減少傾向にある。既に1995年(平成7年)時点で乗降客数で南隣の湘南台駅よりも少ない状況であったが、1999年(平成11年)に相鉄いずみ野線と横浜市営地下鉄ブルーライン乗入が始まると、乗降客は3年で2割減少した一方、湘南台駅は同じ時期に江ノ島線単体で3割の乗降客の伸びを示しており、これとは別に相鉄いずみ野線、横浜市営地下鉄ブルーラインには7万人近い乗降客があった。このことから、2002年(平成14年)3月23日より運行開始した湘南急行(現・快速急行)は湘南台駅に停車し、当駅は通過している。また、急行設定も日中はない。

駅西側に近接する綾瀬市コミュニティバスが西口へ乗り入れており、綾瀬市役所では最寄駅の1つとして紹介している[4]。

近年の1日平均乗降・乗車人員の推移は以下の通り。

さらに見る 年度, 1日平均 乗降人員 ...
年度別1日平均乗降・乗車人員[* 1]
年度 1日平均
乗降人員[* 2]
1日平均
乗車人員[* 3]
出典
1929年(昭和04年) [注 1]548
1930年(昭和05年) 417
1935年(昭和10年) 275
1940年(昭和15年) 744
1946年(昭和21年) 5,347
1950年(昭和25年) 5,237
1955年(昭和30年) 6,324
1960年(昭和35年) 9,503
1965年(昭和40年) 21,642
1970年(昭和45年) 30,652
1975年(昭和50年) 39,103
1980年(昭和55年) 45,283
1985年(昭和60年) 49,677
1990年(平成02年) 52,337
1991年(平成03年) [注 2]52,701
1995年(平成07年) 49,244 24,689 [神奈川県統計 1]
1998年(平成10年) 22,914 [神奈川県統計 2]
1999年(平成11年) 21,124 [神奈川県統計 3]
2000年(平成12年) 40,820 20,075 [神奈川県統計 3]
2001年(平成13年) 19,177 [神奈川県統計 4]
2002年(平成14年) 37,490 18,373 [神奈川県統計 5]
2003年(平成15年) 36,318 17,753 [神奈川県統計 6]
2004年(平成16年) 35,551 17,941 [神奈川県統計 7]
2005年(平成17年) 35,694 17,983 [神奈川県統計 8]
2006年(平成18年) 36,371 18,325 [神奈川県統計 9]
2007年(平成19年) 36,383 18,310 [神奈川県統計 10]
2008年(平成20年) 36,153 18,150 [神奈川県統計 11]
2009年(平成21年) 34,869 17,501 [神奈川県統計 12]
2010年(平成22年) 34,760 17,443 [神奈川県統計 13]
2011年(平成23年) 34,811 17,455 [神奈川県統計 14]
2012年(平成24年) 35,133 17,600 [神奈川県統計 15]
2013年(平成25年) 35,272 17,665 [神奈川県統計 16]
2014年(平成26年) 34,674 17,334 [神奈川県統計 17]
2015年(平成27年) 34,839 17,414 [神奈川県統計 18]
2016年(平成28年) 35,141 17,574 [神奈川県統計 19]
2017年(平成29年) 35,145 17,561 [神奈川県統計 20]
2018年(平成30年) 34,945 17,452 [神奈川県統計 21]
2019年(令和元年) 34,294 17,132 [神奈川県統計 22]
2020年(令和02年) [小田急 2]26,551 13,250 [神奈川県統計 23]
2021年(令和 3年) [小田急 3]27,909 13,919 [神奈川県統計 24]
2022年(令和04年) [小田急 4]30,546
2023年(令和05年) [小田急 5]31,436
2024年(令和06年) [小田急 1]31,840
閉じる

駅周辺

江戸時代は大山街道(柏尾通り)の宿場町であった。

周辺には以下の施設のほか、コンビニエンスストアなどの小規模店舗が複数立地している。

バス路線

以下の路線が神奈川中央交通により運行されている。 東口の停留所は以前北は側の踏切近くの旧東口駅前広場(現在は駐輪場へ転用)にあったが、踏切前を出入りするバスが交通の妨げとなっていたことと、旧東口駅前広場はバスの方向転換のために誘導員が常駐する必要がある程手狭であったため、2000年(平成12年)に藤沢都市計画事業長後駅東口土地区画整理事業で整備された南側の長後駅東口駅前広場に移転した。 西口の停留所は乗降客が飽和状態に達していたことから、ロータリー付近の建物(元のパチンコ店等の古い建物)を解体し、2014年(平成26年)にロータリー拡張工事を行い完成、また隣接地に自転車駐輪場が整備された。

東口

長後駅東口駅前広場(2021年10月撮影)

  ・長後地区循環乗合タクシー

西口

西口(2021年10月撮影)

その他

横浜市六大事業構想で公表された、横浜市高速鉄道路線計画(1965年10月)
  • 1966年(昭和41年) - 1967年(昭和42年)まで大船駅より運行していた横浜ドリームランドへのドリームランドモノレール線は、当駅からも敷設する計画があったが、結局頓挫した。なお、ドリームランド駅付近は当駅からの敷設を考慮して複線の走行桁が設置されていた。
  • 1978年(昭和53年)松竹映画「事件」は長後が舞台になった作品である。松坂慶子、大竹しのぶ、永島敏行等の日本映画界を率いる俳優が出演。大岡昇平原作の同名小説の映画化である。
  • 現在湘南台駅を通る横浜市営地下鉄は、当初は湘南台駅ではなく当駅に乗入する予定であったとされる。しかし、1970年代当時の地元商店街で決定権を有する年配の有力者が反対姿勢を示した。当時を知る人は「『これからの長後を担うのは若者であるはずなのに、どうして年寄りが中心なのか?』と疑問に思ったことはあります。地下鉄建設は、広い土地を持っていた地主は駅周辺の変化にはあまり関心がなく、商店会の人たちが中心に反対しました」という。その後、長後はかつての活気を失っていった[5]。
ただし厳密にいえば、横浜市営地下鉄は1963年(昭和38年)には戸塚までであった計画を、1965年(昭和40年)の飛鳥田市政下の六大事業で長後まで延伸としていた。これが1966年(昭和41年)7月の都市交通審議会答申第9号を受けて、より南側、戸塚駅からほぼ真西へ進んだ「六会付近」へ変更(この時点で湘南台駅は未完成)された。そしてこの答申に事業主体未定として記載されたのが、茅ケ崎から「六会付近」、二俣川、勝田を経由してほぼ一直線で東京へ至る6号線で、1967年(昭和42年)2月、相鉄はこの6号線の二俣川以南を踏襲しつつ、長後を経由し終点を平塚とする形で免許申請を行った。これが1968年(昭和43年)12月の免許で江ノ島線との交差が長後から湘南台に変更されたのは、既に新駅として開設した湘南台を計画に組み入れていた横浜市が、地元住民から反対意見のある相模鉄道の長後経由に難色を示したからである。

隣の駅

小田急電鉄
OE 江ノ島線
■快速急行
通過
■急行
大和駅 (OE 05) - 長後駅 (OE 08) - 湘南台駅 (OE 09)
■各駅停車
高座渋谷駅 (OE 07) - 長後駅 (OE 08) - 湘南台駅 (OE 09)

脚注

関連項目

外部リンク

Related Articles

Timelines

Top Qs

Fact Checks