長池辰三 From Wikipedia, the free encyclopedia 国籍 日本出身地 静岡県死没 (2023-06-28) 2023年6月28日(95歳没)所属団体 日本中央競馬会長池辰三基本情報国籍 日本出身地 静岡県死没 (2023-06-28) 2023年6月28日(95歳没)騎手情報所属団体 日本中央競馬会所属厩舎 東京・大久保福蔵(1953年 - ?)東京・大久保末吉(? - 1974年)初免許年 1953年3月14日免許区分 平地・障害騎手引退日 1974年2月24日重賞勝利 3勝通算勝利 2167戦196勝テンプレートを表示 長池 辰三(ながいけ たつぞう、1928年3月14日 - 2023年6月28日)は、静岡県出身の元騎手・元調教助手。 1953年に騎手免許を取得し[1]、東京・大久保福蔵厩舎からデビュー。 1957年にはクモノハナ産駒クロシオ[2]で中山大障害(春)を制し重賞初勝利[3]を挙げ、1959年5月24日から1961年2月25日まで216レースの連続完走[4]、1959年と1960年には障害競走年間最多騎乗の126回[5]を記録。長池の後に障害競走年間騎乗数が100回に到達するのは、2016年に五十嵐雄祐が達成するまで56年間も不在であった[6]。 1963年からはタカライジンの主戦騎手として活躍し、同年の京都大障害(秋)と1964年の東京障害特別(春)を制したほか、中山大障害では同年秋、1964年春秋と三たびフジノオーの2着に敗れたが、全て名勝負で最大のライバルとして存在感を示した[7] [1]。 1966年に父タカマガハラ・母父ボストニアンのミスタカオー[8]で10月29日の新潟第2競走4歳未勝利を勝ったのが最後の平地勝利[9]となった。 1973年10月7日の中山第3競走4歳以上勝入300万下・トキが最後の勝利となり、1974年2月24日の中山第4競走5歳以上300万下・オキノコトブキ(10頭中10着)を最後に現役を引退[10]。 引退後は大久保洋吉厩舎で調教助手を務め、メジロアンタレスなどの調教に携わった[1]。 現場を離れた後も毎年、中山大障害当日は中山競馬場に観戦に行っていた[1]。 2023年6月28日、茨城県稲敷郡阿見町の病院で病気療養中に死去。享年95歳[1]。 騎手成績 通算成績1着2着3着4着以下出走回数勝率連対率 平地 43 61 96 835 1035 .042 .100 障害 153 171 180 628 1132 .135 .286 計 196 232 276 1463 2167 .090 .198 主な騎乗馬 クロシオ(1957年中山大障害 (春)) タカライジン(1963年京都大障害 (秋)・1964年東京障害特別 (春)) 脚注 1 2 3 4 5 “障害名手の長池辰三元騎手が95歳で死去 中山大障害はタカライジンでフジノオーと三たび名勝負 - 競馬 : 日刊スポーツ”. netkeiba.com. 2026年3月20日閲覧。 ↑ “クロシオ”. netkeiba.com. 2026年3月20日閲覧。 ↑ “長池辰三の騎手成績|競馬データベース - netkeiba.com”. netkeiba.com. 2026年3月20日閲覧。 ↑ “「まるで大谷翔平とベーブ・ルースのよう」障害レースで151勝…高田潤が現代に蘇らせた記録とは?「横山典弘の父・富雄と鎬を削った名手がいた」”. number.bunshun.jp. 2026年3月20日閲覧。 ↑ “目指すは年間100回騎乗(坂井直樹) – 競馬ブック コラム”. column.keibabook.co.jp. 2026年3月20日閲覧。 ↑ “五十嵐雄祐騎手、障害競走年間100回騎乗達成|競馬実況web|競馬|ラジオNIKKEI”. www.radionikkei.jp. 2026年3月20日閲覧。 ↑ “タカライジン”. netkeiba.com. 2026年3月20日閲覧。 ↑ “ミスタカオー”. netkeiba.com. 2026年3月20日閲覧。 ↑ “長池辰三の騎手成績|競馬データベース - netkeiba.com”. netkeiba.com. 2026年3月20日閲覧。 ↑ “長池辰三の騎手成績|競馬データベース - netkeiba.com”. netkeiba.com. 2026年3月19日閲覧。 Related Articles