長谷川吉茂
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山形銀行頭取、会長を歴任した長谷川吉郎の長男として山形県山形市に生まれる。
山形県立山形東高等学校を首席で卒業後、東京大学に進学する[2]。在学中は、東大紛争の真っ只中、学生生活を送り自治委員も務めた。もともとは、天文学者を志望していたが、父の影響もあり経済学部に進路を変更し卒業する。
1973年(昭和48年)、住友銀行(現・三井住友銀行)に入行。調査部に長く在籍しあまたの企業を訪問したほか、出向も経験した。また、住銀発行の経済月報誌には数度にわたってレポートも執筆した。
1985年(昭和60年)山銀に転じ、入行20年目となる2005年(平成17年)6月、満を持して頭取に昇格した。
頭取就任以来、公私共に忙しくまとまった休みはない状態だが、これは長谷川家に生まれたものの宿命と割り切りながら、「銀行頭取というものは、誰しもこんなものではないだろうか」とも述べる。支店長OBが亡くなれば、葬儀には極力自身が参列するようにし、行員OBが亡くなれば、在住近隣支店から行員が、葬儀に際してはお手伝いに伺うことにしている。そこまで面倒をみる。行員を大事にしていきたいと語る[3]。4年制大学卒業の女子には、就職先として山銀は、人気が高く、日本経済新聞の東北企業就職先ランキングでは、ベスト5の常連である。すでに、女性の支店長は2名活躍しているが「家庭をもって、子育てをしながら、支店長職を勤められる女性行員をつくる」ということが目標である[4]。
親族
略歴
著書
- 『長谷川吉郎従軍記』講談社ビジネスパートナーズ、1999年8月。ISBN 978-4876014828。