長門石
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人口
長門石は2013年2月1日現在、2,769世帯6,544人である。町名ごとの人口は次の通り。[1]
| 町名 | 世帯数 | 人口 |
|---|---|---|
| 長門石一丁目 | 333 | 778 |
| 長門石二丁目 | 916 | 2,074 |
| 長門石三丁目 | 491 | 1,205 |
| 長門石四丁目 | 755 | 1,725 |
| 長門石五丁目 | 208 | 544 |
| 長門石町 | 66 | 218 |
歴史
地名の由来
長門石八幡宮の本殿裏手に碇石(市指定民俗文化財)があるが、地元の伝承によれば、この石が長門国の田(現在の山口県)から運ばれてきたので「長門石(ながといし)」の地名起源になったと言われている。
また、『太宰管内志』などの地誌によれば、この石に長門の国の船をつなぎとめたことからこの地を「長門石」と言うようになったともされている。
- 806年(延暦25年、大同元年) - 記録に残る最古の洪水が発生。
- 1604年(慶長9年) - 筑後川を直線状に掘削する工事を行い、長門石は後述の長門石橋完成まで島となる。
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行により御井郡長門石村は同じ御井郡の大石村、白山村、梅満村、それに三潴郡津福村、津福今村、白口村の一部と合併し、三潴郡鳥飼村となる。
- 1891年 - 京町軽便会社による長門石-京町間の渡し船の運航が始まる(のちに市営化)。
- 1917年(大正6年)10月1日 - 鳥飼村は久留米市に編入される。
- 1974年(昭和49年)7月11日 - 長門石橋が完成し市営渡船は廃止。都心への移動が容易になり、町内の人口が急増する。
- 1985年(昭和60年)11月1日 - 長門石町の一部で住居表示が実施され、長門石一~五丁目となる。
