関浩哉
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| 関浩哉 | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 国籍 |
|
| 出身地 | 群馬県富岡市 |
| 生年月日 | 1994年11月16日(31歳) |
| 身長 | 156cm |
| 体重 | 49kg |
| 血液型 | O型 |
| 選手情報 | |
| 所属 | 群馬支部 |
| 登録番号 | 4851 |
| 登録期 | 115期 |
| 級別 | A1 |
| 師匠 | 土屋太朗 |
| 弟子 | 塚越海斗・高橋涼夏 |
| 選手実績 | |
| デビュー日 | 2014年11月6日 |
| GI/PGI優勝 | 6 |
| GIII優勝 | 1 |
| 一般戦優勝 | 11 |
| 通算優勝 | 18 |
| 通算勝率 | 6.47 |
| 通算勝利 | 618 |
| 主要獲得タイトル | |
| |
関 浩哉(せき ひろや、1994年(平成6年)11月16日 - )は、群馬県富岡市出身のボートレーサー。 最終学歴は群馬県立吉井高等学校卒業。 登録第4851号。血液型O型。115期。群馬支部所属。同期には仲谷颯仁、豊田健士郎、野中一平、佐藤隆太郎、権藤俊光らがいる。尚、弟子でもある群馬支部所属135期生高橋涼夏は従姉妹にあたる。
- 2014年9月20日、選手登録。
- 2014年11月6日からボートレース桐生で開催された 一般戦「第36回デイリースポーツ杯」初日第6Rでデビュー[1]。(5着)
- 2015年2月21日からボートレース平和島で開催された 一般戦「第4回マルコメ杯」初日第2Rで初勝利[2]。(6号艇6コース進入 決まり手:まくり)
- 2015年7月29日からボートレース住之江で行われた 一般戦「サンケイスポーツ創刊60周年記念 第44回飛龍賞」6日目(最終日)第12R優勝戦でデビュー初優出[3](6号艇6コース進入、2着)。
- 2018年9月19日からボートレース浜名湖で開催された PG1「第5回ヤングダービー」でPG1・G1初出場。PG1初優出で初優勝。PG1・G1で初優勝を決めたのは、1988年に四国選手権を制した山下将人(引退)以来、史上2人目[4]であり、PG1では史上初。またヤングダービー(同大会前身の新鋭王座決定戦含む)の最年少覇者でもある(2025年時点)。
- 2024年1月11日からボートレース大村で開催された PG1「第5回ボートレースバトルチャンピオントーナメント」で PG1 2度目の優勝。尚、同大会では1回戦→準々決勝戦→準決勝戦と全て6号艇から3→3→2着と勝ち進み、優勝戦枠番抽選では1号艇を引き当てた。
- 2024年9月18日からボートレース桐生で開催された PG1「第11回ヤングダービー」で PG1 3度目かつ初のヤングダービー複数回の優勝。ただし、次期開催時には30歳になるため、同競走への出場資格が喪失されることから、次期開催における優先出場権は与えられなかった。
- 2024年12月17日からボートレース住之江で開催されたSG第39回グランプリにおいてトライアル1stからは唯一勝ち進み、グランプリ初出場初優出を果たす。優勝戦においては6号艇から4着。
- 2025年11月16日からボートレース徳山にて開催された G1「徳山クラウン争奪戦開設72周年記念競走」で自身G1 5度目の優勝を飾る。31歳の誕生日であった初日第11Rでは1号艇から人気に応え誕生日勝利を上げた。
- 2025年12月7日からボートレース下関にて開催された G1「開設71周年記念 海響王決定戦」で自身6度目のG1優勝を飾る。上記ボートレース徳山周年に続き、山口県内レース場開設周年記念の連続制覇となった。
人物・エピソード
- やまと学校時代の勝率は6.44。リーグ優出3回。
- 2017-18年の桐生フレッシュルーキーに選出。
- 選手を目指した契機は祖父の薦め[5]。
- 学生時代は野球部に所属。中学では新人戦県大会に出場している。
- 趣味は散歩、自転車、釣り、ゴルフ。特技は上毛カルタ。
戦績
- 出走回数:2544回
- 1着回数:620回
- 優出回数:90回
- フライング(F)回数:13回
- 出遅れ(L)回数:0回
- 通算勝率:6.47
- 2連対率:45.0
- 3連対率:63.3