関隆倫

From Wikipedia, the free encyclopedia

カタカナ セキ タカミチ
ラテン文字 SEKI Takamichi
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1981-01-16) 1981年1月16日(44歳)
関 隆倫
名前
カタカナ セキ タカミチ
ラテン文字 SEKI Takamichi
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1981-01-16) 1981年1月16日(44歳)
出身地 千葉県松戸市
身長 173cm
体重 67kg
選手情報
ポジション MF
ユース
1996-1998 日本の旗 習志野高校
1999-2002 日本の旗 東洋大学
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2003 日本の旗 大宮アルディージャ 0 (0)
2004-2005 日本の旗 水戸ホーリーホック 80 (2)
2006-2007 日本の旗 コンサドーレ札幌 29 (1)
2008 日本の旗 tonan前橋
2008 日本の旗 ファジアーノ岡山 16 (0)
2009 日本の旗 沖縄かりゆしFC 14 (4)
2010 日本の旗 FC琉球 12 (0)
通算 151 (7)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

関 隆倫(せき たかみち、1981年1月16日 - )は、千葉県松戸市出身の元サッカー選手。ポジションはMF。主に両サイドとトップ下を務める。

東洋大学から2003年大宮アルディージャに入団。しかし出番に恵まれず、1年で戦力外通告を受ける。

2004年水戸ホーリーホックに移籍し、右サイドの攻撃的MFとしてその年の第2クールからレギュラーを獲得してブレイクした。

その後、2006年にステップアップのためコンサドーレ札幌へ移籍。札幌では主に左サイドの選手としてレギュラーの座を獲得した。その後、シーズン途中に加入した西谷正也とのポジション争いが起こったため、常時出場というわけにはいかなかったものの、攻撃面に優れるが守備やスタミナに課題のある西谷に対し、守備面と運動量で勝負する関はプレースタイルが違ったということもあり、出場機会を失うことはなく主力の一人としてチームに貢献した。

しかし、2007年三浦俊也監督が就任すると一転して出場機会を失い、出場は天皇杯1試合に終わり、シーズン終了後に戦力外通告を受け退団。Jリーグ合同トライアウトに参加するなどアピール活動が続いたがプロチームへの移籍は叶わず、2008年は、群馬県社会人リーグtonan前橋へ入団した。シーズン途中にJFLファジアーノ岡山FCへ移籍、J2昇格に大きく貢献し、シーズン終了をもって退団した。

2009年九州サッカーリーグ沖縄かりゆしFCへ移籍。かりゆしではエースナンバーを背負い、チームの中心選手として活躍。フリーキックのキッカーも務め、優勝のかかる第17週では2位のヴォルカ鹿児島にフリーキックを2本直接決めチームの勝利に貢献した[1]。また、シーズン通算で13アシストを決め、九州リーグアシスト王に輝くなどエースナンバーに恥じない大きな結果を残した[2]

2010年は沖縄かりゆしFCの解散に伴い、同じ沖縄県のJFLFC琉球に移籍。同年シーズン終了後にFC琉球を退団。

引退後は図南SC群馬のコーチなどを経て、現在は埼玉県内のジュニアサッカーチームのコーチを務めている。

特徴

豊富な運動量と高いキープ力、正確なクロスが武器。両足を器用に使いこなし、左右両サイドを務める。[3]

エピソード・アラカルト

所属クラブ

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2003大宮29J200-0000
2004水戸8371-10381
2005431-22453
2006札幌19291-10301
200700-1010
2008前橋18群馬県1部3--3
2008岡山34JFL160-20180
2009沖縄10九州144-20164
2010琉球20JFL120-20140
通算日本J2 1093-521145
日本JFL 280-40320
日本九州 144-20164
日本群馬県1部 3--||||3
総通算 10-112||||12

個人タイトル

  • 九州社会人リーグアシスト王 (2009年)

脚注

関連項目

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI