第一阪神国道
From Wikipedia, the free encyclopedia
道路諸元
歴史

大阪より神戸に至るいわゆる阪神間の国道は、1885年(明治18年)2月24日に内務省告示第6号国道表により国道26号として初めて指定され、西宮町から国道3号(現・国道171号)に合流した。その後、1920年(大正9年)4月1日に道路法に基づく「路線認定」が施行され、国道2号として指定されるが、この頃大戦景気を発端とした阪神工業地帯の勃興や、それに伴う都市部への人口急増により、短い距離で大阪と神戸の大都市に挟まれた阪神地域の陸上交通は急激にその重要性を高めていた。
それにもかかわらず当時の阪神地域の国道2号は、かつての梅田街道・大和田街道・中国街道・西国街道の沿線がそのまま市街地化したため、幅員が2間(3.6m)程度しかない曲がりくねった狭隘路で、特に大阪市西淀川区姫島町(現姫島)、大和田町(現大和田)、尼崎市本町通(現西本町)、西宮市今津町(現今津各町)、武庫郡本庄村青木(現神戸市東灘区青木)は既に市街化しており狭隘屈曲著しいものだった。中でも尼崎市内の区間では多くの歩行者・自転車や行き交う馬車が入り乱れ、その中に入った自動車は抜け出すことすら困難な様相だった。また全線にわたり鉄道や軌道との平面交差が6か所存在し、これも円滑な交通を阻害する要因であった[2]。
- 1923年(大正12年)12月9日 - 阪神国道改築工事起工式挙行。
- 1926年(昭和元年)12月25日 - 開通。
- 1927年(昭和2年)7月1日 - 路線上に路面電車の阪神国道電軌(翌年以降阪神国道線)西野田(後に野田) - 神戸東口(後に東神戸)間開業。
- 1952年(昭和27年)12月4日 - 新道路法に基づく「路線指定」で「一級国道2号」として指定される。
- 1965年(昭和40年)4月1日 - 道路法改正により一級と二級の区別が撤廃されて「一般国道2号」となる。
- 1969年(昭和44年)12月14日 阪神国道線の西灘 - 東神戸間0.9kmを廃止。
- 1974年(昭和49年)3月17日 阪神国道線の上甲子園 - 西灘間14.4kmを廃止。
- 1975年(昭和50年)5月6日 阪神国道線の残存区間10.7km廃止により全区間廃止。


