阿刀田令造
From Wikipedia, the free encyclopedia
1878年(明治11年)に宮城県名取郡下増田村(現:名取市)で生まれる。父は下増田村初代村長阿刀田義潮(あとうだ よしとも)。宮城県仙台第一中学校(現:宮城県仙台第一高等学校)を卒業して、1902年(明治35年)に(旧制)第二高等学校(現:東北大学)に入る。大学卒業後、さらに東京帝国大学・京都帝国大学法学部に進学した。在学中、西洋学に興味を持った。東京帝大に在学中は真宗大谷派僧侶の近角常観が東京府東京市本郷区で主宰していた求道学舎に寄宿した。
東京帝大・京都帝大卒業後、1910年(明治43年)に(旧制)第二高等学校に教授として務め、1932年(昭和7年)に第9代校長に就任した。学校長は、1943年(昭和18年)まで務めた。学校長に就任中、徹底した教育方針が評価を受け、後代まで名校長と言われた。
学校長在職中、1930年(昭和5年)に「仙台郷土研究会」を地元の宮城県で創設した。学校長を辞めた3年後の1946年(昭和21年)には、仙台市公民館館長となった。だが、館長となった1年後の1947年(昭和22年)にこの世を去った。