阿部寿美子
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俳優座養成所の第1期生。
1952年俳優座準劇団員となり、同年映画「慟哭」でデビューする。1954年青年座に参加するがすぐに脱退、同年新東宝と専属契約。1957年劇団現代座に入るがまもなく脱退。同年、深沢哲也と結婚。
以前はプロダクションMAY・25に所属していた[2]。
声優としては、NHKの人形劇『新八犬伝』の玉梓役が有名。登場時の「我こそは玉梓が怨霊」という決まり文句は、辻村ジュサブローによる迫力ある造形の人形と相まって、当時の視聴者の子どもに強い印象を与えた。阿部によると、この玉梓の台詞の演技は大変に体力を消耗するもので、体調の悪かったときには貧血で医務室行きになったこともあったという。
1977年から1992年まで辻村ジュサブローの人形芝居に語りとして参加する。1985年から毎年8月15日横浜で「平和を語る会」を上演している。
人物
趣味は旅行[2]。