劇団俳優座
日本の劇団
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劇団俳優座(げきだんはいゆうざ)は、東京都港区六本木四丁目にある劇団。現在の代表は岩崎加根子[1]。日本芸能マネージメント事業者協会会員。
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俳優座ビル | |
| 種類 | 有限会社 |
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| 本社所在地 |
〒106-0032 東京都港区六本木4丁目9-2 俳優座ビル 北緯35度39分49.7秒 東経139度43分57.6秒 |
| 設立 | 1944年2月10日 |
| 業種 | サービス業 |
| 法人番号 | 1010402004662 |
| 事業内容 |
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| 代表者 |
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| 外部リンク |
haiyuza |

概要
1944年(昭和19年)2月に青山杉作・小沢栄太郎・岸輝子・千田是也・東野英治郎・東山千栄子・村瀬幸子ら10人によって創立された(「築地小劇場#関係者」も参照)。
初代の劇団代表は千田是也。2000年(平成12年)から浜田寅彦[2]、大塚道子と続き、現在の代表は岩崎加根子。
1951年(昭和26年)6月、「有限会社劇団俳優座」設立。法人による運営形態となる。
1953年(昭和28年)、俳優座演劇部研究所が菊池寛賞を受賞。同年4月、俳優座養成所講師であった中村俊一が退団、俳優座養成所第2期生である生井健夫らとともに「劇団仲間」を立ち上げ。
1954年(昭和29年)、俳優座養成所2期生・3期生の卒業生24名が「劇団新人会」を結成。1969年(昭和43年)の解散[3]、翌年の再結成を経て、1994年(平成6年)に「劇団朋友」に名称変更。
1954年(昭和29年)4月、俳優座養成所3期卒業生の入江洋佑・本郷淳ら15名が「劇団三期会」を結成[4]。1967年(昭和42年)に「東京演劇アンサンブル」に改称[4]。
1954年(昭和29年)5月1日、当時の準劇団員だった山岡久乃、東恵美子、森塚敏、関弘子、成瀬昌彦、初井言榮らが退団し「劇団青年座」を立ち上げ。
1968年(昭和43年)8月、映画放送部は分離独立され「俳優座映画放送株式会社」として設立。部長の佐藤正之が社長に就任。1985年(昭和60年)9月、「俳優座映画放送株式会社」は「株式会社仕事」に社名変更した。現在では新たに映画放送部が存在し、所属俳優のマネジメントを行っている。
TBSで放送された『水戸黄門』『大岡越前』では、両シリーズ終了まで多くの主要キャストが抜擢され、長らく「協力・俳優座」とクレジットされた。
かつては映画会社所属の俳優も委託指導した[5]。東映が1950年代から1960年代にかけて東映ニューフェイスで採用した新人俳優を6カ月育成していたのは[5]、俳優座の大借金を佐藤正之が東映の幹部・岡田茂を通じて肩代わりしてもらい[5][6]、俳優座の危機を東映が救っていたから断れない立場であったからである[5][6]。東映のプロデューサーだった吉田達によれば、佐藤と岡田が親友で、佐藤がなかなか金を返さず、その代わりに田中邦衛などの俳優座所属の役者が東映映画に出るようになったと話している[6]。
現在の主な座員
かつて俳優座座員だった俳優
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ほか
俳優座研究所・養成所出身の俳優
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ほか
俳優座で演技の稽古を受けた俳優
ほか