阿部恭久 (実業家)
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来歴
生い立ち
1959年(昭和34年)5月3日、埼玉県川口市にて生まれた[5]。成蹊大学に進学し[4][6]、法学部の法律学科にて学んだ[6]。1983年(昭和58年)に成蹊大学を卒業し[4][6]、法学士の称号を取得した。
実業家として
1983年(昭和58年)、ゼネコンである竹中工務店に入社した[4]。1992年(平成4年)、パチンコ店などを手掛けるサンキョーに入社した[4][6]。2001年(平成13年)には社長に就任している[4][6]。また、パチンコ業界全体を見据えた活動も行っている。業界団体である全日本遊技事業協同組合連合会においては、2014年(平成26年)に理事長に就任した[4][6]。以降、理事長在任は6期に及ぶ[6]。
また、ギャンブル等依存症対策基本法の施行に伴い、内閣においてギャンブル等依存症対策推進本部が発足することになった[7][8]。さらに、依存症対策の計画を作成する際に意見を聴取するため、同本部の下にギャンブル等依存症対策推進関係者会議が設置されることになった[9][10]。これを受け、内閣総理大臣安倍晋三によりギャンブル等依存症対策推進関係者会議の委員に任命され[11][12]、2019年(平成31年)2月の第1回会合より参画していた[11]。
そのほかにも、2008年(平成20年)には社会福祉法人である末広会にて理事長に就任するなど[4]、福祉業界に携わっている。
政治活動家として
2022年(令和4年)、パチンコ業界としての政治団体である全日本遊技産業政治連盟を結成し[6]、その初代会長に就任した[6]。のちに最高顧問となる[6]。
自由民主党においては、東京都参議院比例区第三十二支部にて支部長に就任した[13]。2025年(令和7年)の第27回参議院議員通常選挙においては、自由民主党より公認され比例区で立候補した[14]。また、立候補にあたり、全日本遊技事業協同組合連合会の理事長、パチンコ・パチスロ産業21世紀会の代表、東京都遊技業協同組合の理事長といったパチンコ業界の役職は辞任せずそのまま継続するとした[15]。2025年(令和7年)5月の「阿部やすひさ君を励ます集い」には野田毅、木村義雄、田中和徳、小渕優子、新藤義孝ら1000名が集まるほどであった[16]。参議院史上初のパチンコ業界が独自に擁立した組織内候補であったため[14]、その動向や当落が注目されたが、結果は落選となった[14]。落選後、これまでの選挙運動により疲労が蓄積したことから入院する事態となった[17]。
選挙後の8月26日、従業員に阿部への投票を指示し見返りに現金3000 - 4000円を渡したとしてパチンコ店チェーン「デルパラ」社長ら幹部6名を公職選挙法違反(買収約束)の疑いで逮捕した[18]。その後の捜査で9月26日までに幹部および共謀した店長ら計33人を逮捕・書類送検、約束に応じた疑いがある従業員ら203人を同法違反(被買収約束)容疑で書類送検した。摘発人数は計236人にのぼり、平成以降の国政選挙の買収事件としては過去最大の人数となった[19]。