阿部恵斗

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国籍 日本の旗 日本
生年月日 (2003-09-13) 2003年9月13日(22歳)
日本の旗 日本
東京都昭島市
現在のチーム SDG HARC-PRO.
ゼッケン 39
阿部 恵斗
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (2003-09-13) 2003年9月13日(22歳)
日本の旗 日本
東京都昭島市
現在のチーム SDG HARC-PRO.
ゼッケン 39

阿部 恵斗(あべ けいと、2003年9月13日 - )[1]は、東京都昭島市出身のオートバイレーサー。

キャリア初期

阿部は東京都昭島市に生まれ[2]、4歳でバイクに乗り始め、2012年にミニバイクに転向し、阿部典史が創設した若手ライダー育成プログラム「チーム・ノリック」に入団。その後数年間は筑波ロードレース選手権S80クラスに参戦し、2017年には同選手権のJ-GP3クラスでTZ250を駆り、シリーズ2位を獲得[3]

阿部典史との血縁関係はない[4]

全日本ロードレース選手権

J-GP2 (2018年 - 2019年)

2018年、チーム・ノリックから全日本ロードレース選手権J-GP2クラスに参戦[5][6]。第2戦(菅生)で11位が最高成績となり、シリーズ14位で終えた。2019年、J-GP2参戦2年目を迎え、全レースでトップ10入りを果たし、第3戦(筑波)と最終戦(鈴鹿)で5位が最高位とし、シリーズ8位。

ST600 (2020年 - 2024年)

2019年末にJ-GP2クラスが廃止された後、2020年にはST600クラスへ転向し、チーム・ノリックから参戦[7][8]。開幕戦(菅生)と第4戦(もてぎ)で5位入賞し、もてぎ戦ではポールポジションを獲得するなど、トップ10入りを果たす[9]。最終的に2年連続でシリーズ8位で終え、2021年、チーム・ノリックに残留し、引き続きST600クラスに参戦[10]。第6戦(岡山)でポールポジションを獲得し、決勝で3位初表彰台を獲得。最終戦(オートポリス)の最終周で埜口遥希とのバトルを制し、2位表彰台に上った[11]

2021年末にチーム・ノリックを離れ、2022年シーズンからTeam 51 GARAGEに移籍。第4戦(オートポリス)の最終周で荒川晃大英語版と伊手翔太とのバトルを制し、全日本初優勝を飾った[12]。第5戦(岡山)でも3位と2度目表彰台に上り、シリーズ3位を記録。2023年、全レースで表彰台に上がり、第2戦(菅生)でのレース1で優勝を飾り[13][14]、最終戦(鈴鹿)ではチームメイトでタイトル争いを演じた西村硝を抑えて優勝し、ST600クラスで初の全日本タイトルを獲得[15]

2024年、ST600クラス参戦5年目を迎え[16]、5戦連続優勝とポール4回と圧倒的な成績を残し[17][18]、第5戦(岡山)で2年連続ST600クラスチャンピオンを獲得[19][20]。最終戦(鈴鹿)直前、スクアドラ・ティグレ・タイラプロモートチーム監督の宗和孝宏の急逝により欠場した[21]

JSB1000 (2025年)

2025年、SDG Team HARC-PRO.から全日本ロードレース選手権JSB1000クラスにデビュー。第5戦(オートポリス)で負傷した名越哲平に代わって残り2戦出場し[22]、最終戦(鈴鹿)のレース2で5位が最高成績だった[23]

アジアロードレース選手権

SS600 (2022年 - 2023年)

2022年、アジアロードレース選手権英語版スーパースポーツクラスに参戦し、菅生、セパンブリーラムの3戦出場した。デビュー戦で3位表彰台を獲得し、続く2戦でもトップ10フィニッシュ2回を記録した[24]。2023年、スーパースポーツクラスからフル参戦し、第3戦(菅生)のレース1でシリーズ初優勝を飾り、レース2では2位に入り[25][26]、シリーズ5位を記録。

ASB1000 (2025年 - )

全日本選手権での成功後、SDG HARC-PRO.からアジアロードレース選手権ASB1000クラスに参戦。開幕戦(ブリーラム)で3位表彰台を獲得し[27]、第3戦(もてぎ)のレース1で優勝、レース2で2位に入り、ランキング首位に立った[28][29]。第4戦(マンダリカ)でも2位に入ったが、第5戦(セパン)でのクラッシュによりチャンピオンシップリーダーの座を失った[30]。最終的にシーズン終了時の総合ランキング3位で終えた。

2026年に引き続きSDG HARC-PRO.からアジアロードレース選手権ASB1000クラスに参戦[31]。開幕戦(セパン)の両レースで2位に入り、レース2ではアンディ・ファリド・イズディハールをわずか0.006秒差で抑え、ダブル表彰台を獲得した[32]

鈴鹿8時間耐久ロードレース

2025年、SDG Team HARC-PRO.から鈴鹿8時間耐久ロードレースに初出場。パートナーは國井勇輝、名越哲平[33]。チームはレースの大部分で3位を走行したが、最終的に総合4位でフィニッシュし、表彰台を逃した[34][35]

レース戦績

脚注

外部リンク

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