陶基

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陶 基(とう き、生没年不詳)は、中国後漢末期から三国時代政治家武将叔先[1]揚州丹陽郡の人。子は陶璜陶濬陶抗。『三国志』には記述が見られない。

陶基は呉の交州刺史であった。 当時、交州の原住民は礼儀作法や正義を理解しておらず、男女間に結婚という概念はなく、子供たちのなかには実の父親を知らない者もいた。 陶基は赴任すると、彼は原住民に結婚の道理、父と息子のいつくしみ、礼儀作法、そして刑法によるととのった社会を教え、学校を設立し、人々を教化した[2]

陶基は亡くなった後、当塗県の横山の麓に葬られたという[3]

一族

  • 陶璜 - 陶基の子。呉の前将軍・交州牧。
  • 陶濬 - 陶基の子。呉の鎮南大将軍・荊州牧。
  • 陶抗 - 陶基の子。西晋の太子中庶子。

家系図

伝記資料

脚注

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