陽胡玉陳

From Wikipedia, the free encyclopedia

陽胡 玉陳(やこ の たまふる、生没年不詳)は、飛鳥時代の学者[1]。名は王陳とも記される[1]は史。陽胡(陽侯)氏の祖[1]煬帝の子孫の阿了王に出自をもつとする[2]

経歴・人物

推古天皇10年(602年百済から僧侶観勒が日本に渡来し、の本・天文地理の書・遁甲方術の書を朝廷に貢いだ。そこで朝廷では書生3-4名を選んで観勒の元で学ばせた。この時、玉陳は暦法を学んでこれを修めた[3]

脚注

参考文献

Related Articles

Wikiwand AI