隆岩寺には、山がら塚と呼ばれる異形の墓がある。昔、山がらをめぐって争いになった若い武士が斬り合いを始めた。殿様の命令もなく勝手な振る舞いをしたので、「生涯大いに切りあえ」と言われ、墓地に深い穴が掘られて、二人とも刀を持ったまま生き埋めにされてしまった。それからは月の良い丑三つ時に、この塚から刀で切り合う音がすると言い伝わる。また、『古河志』には、地元の伝承として、古河城主が本多忠良の頃(正徳2年(1712年)〜宝暦元年(1751年))、ある藩士が山がら捕りのことでけんかになり、数人を殺して、自らも自害して果てたため、この人々を合葬したと記されている。[7][2]