隼型水雷艇

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隼型水雷艇
隼
艦級概観
艦種水雷艇
艦名鳥の名
前級第二十九号型水雷艇
次級第三十九号型水雷艇
要目(竣工時)
排水量常備:152トン
全長垂線間長:45.00m (147ft 7in 11/16)
全幅4.91m (16ft 1in 7/16)[1]
吃水1.45m (4ft 9in 3/32)
機関ノルマン式2基
直立式3気筒3段膨張レシプロ2基
2軸 4,200馬力
速力28.5ノット[2]
航続距離10ノットで2,000海里
燃料石炭:28.5トン(満載)
乗員30名
兵装4.7cm保式単装軽速射砲3基(推定)
45cm水上旋回式発射管3基

隼型水雷艇(はやふさがたすいらいてい)は日本海軍水雷艇。同型艇15隻。

フランス海軍のシクローヌ(Cyclone)級水雷艇が原型。「白鷹」との比較の結果[3]1896年(明治29年)度計画によりノルマン社に4隻発注、翌年度計画より同型艇11隻を国内で建造した。

各艇の竣工は日露戦争の開戦前後に重なり全艇が参戦している。このうち「雉」は日露戦争開戦直前に竣工、そのまま参戦したが旅順方面哨戒作戦の帰途に対馬南端の豆酘崎(つつざき)沖の暗礁に乗り上げて破壊された。船体は放棄されたが修理の名目で新艇が建造され艦名はそのまま継承された。そして新艇完成18日後の日本海海戦にそのまま参加している。その他の同型艇に戦没した艇はなかった。

1919年(大正8年)から1923年(大正12年)にかけて各艇除籍された。明治期の水雷艇はこの型で最後となり、また昭和に復活した水雷艇(千鳥型水雷艇など)は事実上の小型駆逐艦であることから、実質的に日本海軍最後の水雷艇であった。

同型艇

脚注

参考文献

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