雍城
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雍城(ようじょう)は、中国の春秋時代の秦の国都。6代君主の徳公元年(前677年)から24代君主の献公2年(前383年)まで19代294年間、秦としては最も長い期間国都であった。その後櫟陽に遷都した。
1988年、中華人民共和国国務院により「秦雍城遺址」の名で、「第三次中華人民共和国全国重点文物保護単位」に認定された。
最も残存のよい西壁は長さ3200m、基厚4.3m - 15m、残高1.65m - 2.05mであり、その外側に残長1000m、幅12.6m - 25m、深さ5.2mの城濠跡が認められる。南壁は残長1800mあるが、全長は約3300mと推定され、基厚4m - 4.75m、残高2m - 7.35mである。東壁は破壊が激しく、残長は420mにすぎず、基厚8.25m、残高3.75mである。北壁は後世に鳳翔県城が築かれた際に大きく破壊され、残長は450m、基厚2.75m - 4.5m、残高1m - 1.85mである。北壁推定線上に60m四方の土盛りが残っており、穆公の墓と伝承されてきたが、墳墓ではなく城壁上の防御施設であることが明らかになった[1]。
雍城西南角に「南古城」と呼ばれる約250m四方の城壁が城内側に接して存在している。この南古城は前漢期のもので、後年の築城である。また雍城の城内からは、市の遺跡と数条の大街跡が出土している[2]。