雲葉和歌集

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雲葉和歌集(うんようわかしゅう)は、鎌倉時代中期に成立したとされる私撰和歌集である。九条基家の撰とされる。現存諸本では、巻1から巻10と巻15に相当する本文が伝わり、部立としては春上中下・夏・秋上中下・冬・賀・羈旅および恋五を確認できる。元来は20巻から成る集であったことが『夫木和歌抄』によって知られる[1]

『雲葉和歌集』は、九条基家の撰とされる私撰和歌集である。建長5年(1253年)3月から翌年3月ごろの成立とされる。現存諸本はいずれも近世期の写本であるが、これとは別に鎌倉時代にさかのぼる古筆切も伝存しており、中世私撰集の本文伝来を考えるうえで注目される[1][2]

構成・内容

現存諸本では、巻1から巻10と巻15に相当する本文が伝わり、部立としては春上中下・夏・秋上・秋中・秋下・冬・賀・羈旅と恋五を確認できる。元来は20巻から成る集であったことが『夫木和歌抄』から知られるが、完本は伝わらない[1]

伝本

『雲葉和歌集』写本

『雲葉和歌集』の現存諸本は、いずれも近世期の写本である。大伏春美は現存諸本を整理し、誤綴の有無などから系統的な差異を指摘した[3]。岸本理恵は、現在報告されている古筆切として、伝覚源筆雲葉和歌集切、伝後京極良経筆雲葉和歌集切、冷泉家時雨亭文庫本、伝為家筆『夫木和歌抄』切の4種を整理している[1]

これらのうち、伝覚源筆切や伝後京極良経筆切は、成立時期にきわめて近い時期の書写とみられている。とくに伝覚源筆切は、内閣文庫本・書陵部本と、一面10行書を基本とする書写形式や行詰めが広い範囲で一致することが指摘されている。このことから、近世写本は後代の転写本ではあるものの、その本文系統は鎌倉期に近い写本群と無関係ではなく、いずれかの段階でそれに連なる本を親本としていた可能性があると考えられている[1]

本文研究

『雲葉和歌集』は近世写本に依拠して読まれてきたが、近年は古筆切の検討によって現存諸本の本文を再考しうることが示されている。岸本理恵は、伝覚源筆切を起点として諸本との比較を行い、現存諸本のみでは訂正困難であった箇所について、古筆切が校訂の手掛かりとなる場合があることを示した[1]

また、冷泉家時雨亭文庫本も鎌倉期の書写に属し、現存諸本の校訂に利用しうる箇所があることが指摘されている。『雲葉和歌集』の本文は、古筆切や鎌倉期写本の検討を通じて、より精密に再構成されるべきものと考えられている[1]

研究史

九条基家

『雲葉和歌集』については、佐藤恒雄が『日本古典文学大辞典』で概説し、大伏春美が歌人構成や撰集資料の面から基礎的考察を行った。さらに、大伏は冷泉家時雨亭文庫本と早稲田大学本を踏まえて伝本の検討も行っている[2][3][4]

2025年には岸本理恵が古筆切と現存諸本との関係を再検討し、伝覚源筆切が本文校訂において重要な意義をもつことを示した。これにより、『雲葉和歌集』研究は、歌人構成や撰集資料の分析に加えて、本文伝来の具体相にも関心を広げている[1]

脚注

参考文献

関連項目

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