鞍手軌道

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本社所在地 日本の旗 日本
福岡県直方市大字山部197[1]
設立 1912年(明治45年)3月19日[1]
鞍手軌道
種類 株式会社
本社所在地 日本の旗 日本
福岡県直方市大字山部197[1]
設立 1912年(明治45年)3月19日[1]
業種 鉄軌道業
事業内容 旅客鉄道事業、自動車運輸業[1]
代表者 専務 石井徳久次[1]
資本金 300,000円(払込額)[1]
特記事項:上記データは1937年(昭和12年)4月1日現在[1]
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概要
現況 廃止
起終点 起点:直方駅
終点:福丸駅
駅数 17駅(臨時駅2含む)
運営
開業 1914年3月10日 (1914-03-10)
廃止 1938年7月24日 (1938-7-24)
所有者 鞍手軌道
使用車両 車両の節を参照
路線諸元
路線総延長 13.76 km (8.55 mi)
軌間 914 mm (3 ft) 
電化 全線非電化
路線図
STR
国鉄筑豊本線伊田線
0.0 直方駅
exBHF STR
明神駅
exBHF STR
知古駅
exSTR eBST
新入駅*
exBHF STR
天神橋駅
xKRZu STRr
国鉄:筑豊本線
exBHF
新入駅
exBHF
(臨)上新入駅
exBHF
鴨生田駅
exhKRZWae
粥田橋 犬鳴川
exBHF
龍徳駅
exBHF
本城駅
exBHF
(臨)田渕駅
exBHF
宮田駅
exBHF
羅漢駅
exBHF
長井鶴駅
exBHF
碇山駅
exBHF
芹田駅
exBHF
金丸駅
exKBHFe
13.76 福丸駅

*1945年廃止。1989年に新入駅(2代目)開業

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鞍手軌道(くらてきどう)は、かつて福岡県直方市鉄道省筑豊本線直方駅から同県鞍手郡若宮村福丸の福丸駅を結んだ蒸気軌道およびその運営会社である。乗合自動車業も兼営した。軌道は自動車の発達により廃止された。

歴史

鞍手軌道は直方駅と鞍手郡内要地を連絡することを目的とし、青柳郁次郎[2]ほか55人の有志の発起により設立された。1914年福丸側から開通し、翌年直方駅まで全通した。当初は蒸気機関車が客車を牽引していたが後にガソリンカーにかわった。1927年に青柳に代わり若宮村の石井徳久次が社長に就任する。 この間に自動車の発達が著しくなる。1921年に福丸自動車株式会社が設立され、6人乗りバス3台とタクシー3台の規模で福丸 - 直方間に運転を開始しその後バスの台数や路線も拡張していった。そのため鞍手軌道も1923年に自動車部を設け福丸 - 直方間に運転を開始し、台数を増やして6人乗りバス9台として直方 - 博多間、直方 - 飯塚間の路線も開通させた。やがて路線の競合した両社は1928年に鞍手軌道自動車部と福丸自動車から社名変更していた東筑自動車商会が合併し鞍手合同自動車株式会社となっていった。そして軌道は1938年に廃止された。なお鞍手合同自動車は西日本鉄道による福岡県のバス事業者統合に関係して、1944年に路線を廃止することになった[3]

年表

開業区間の表示は地名なので駅名は不明。

運行状況

1日17回程度。全線60分であった。

駅一覧

直方 - 明神 - 知古 - 天神橋 - 新入 - 上新入(臨時) - 鴨生田 - 龍徳 - 本城 - 田渕(臨時) - 宮田 - 羅漢 - 長井鶴 - 碇山 - 芹田 - 金丸 - 福丸

筑豊本線直方駅前から同線の新入駅方面に並走し、犬鳴川にぶつかったところでヘアピンカーブを描いて筑豊本線と交差し、川上沿いに香井田村、若宮村福丸へと向かう。一部鉄道省桐野線(後の宮田線)と並走している。福丸駅跡はJR九州バス福丸バスセンターになっている。

接続路線

直方駅:鉄道省筑豊本線

輸送・収支実績

年度 乗客(人) 貨物量(トン) 営業収入(円) 営業費(円) 益金(円) その他益金(円) その他損金(円) 支払利子(円)
191484,5008,0396,9991,040
1915148,02491316,08711,8974,190利子7272,466
1916310,83211,37231,75920,13011,6299,389
1917440,86415,35041,87533,1728,7035,727
1918520,96712,46859,66439,46720,1976,588
1919513,18012,90067,67757,18710,490利子3,123
1920541,55810,426104,64183,83620,805
1921464,3549,40894,10255,72838,374
1922436,1797,49079,23051,34227,888
1923459,8307,22578,57154,98223,5899,750他事業5,818償却金2,500830
1924438,4236,94272,01149,24022,77125,231他事業19,952償却金4,000
1925373,4096,08862,02645,75716,26930,997他事業23,628償却金4,500
1926374,3771,56057,25747,9189,33910,248
1927302,4341,57251,60846,8204,78820,467償却金7,420
1928303,1122,87445,02545,080▲ 55自動車6,511自動車及雑損19,138
1929374,2933,23147,08737,5039,584自動車及償却金11,339
1930391,7781,93556,96134,29722,664償却金7,0001,728
1931386,0641,63447,11534,45112,664償却金5,0003,738
1932326,3011,60939,95327,84912,104自動車9,008償却金11,0005,411
1933297,6591,97936,81927,7519,068自動車4,208償却金4,5005,288
1934291,9881,83037,01728,4798,538自動車12,928償却金7,5004,911
1935251,7001,56129,46526,5602,905自動車29,084償却金11,1003,804
1936231,0611,41029,67528,686989自動車31,664償却金14,1003,491
1937202,5031,24922,79025,759▲ 2,969自動車37,873償却金15,5002,427
  • 鉄道院年報、鉄道院鉄道統計資料、鉄道省鉄道統計資料、鉄道統計資料、鉄道統計各年度版

車両

開業時の1914(大正3)年度は蒸気機関車5両、客車4両(定員合計200人)、貨車3両。1926(昭和元)年度は蒸気機関車7両、客車8両(定員合計420人)、貨車7両。その後ガソリンカーを導入し蒸気機関車を廃止して1937(昭和12)年度にはガソリンカー5両(定員190人)、貨車1両。他に無認可のガソリンカーや蒸気動車の存在が確認されている[8]

蒸気機関車

内燃動車

  • キジ11 - 13:1928年日本車輌製3両。片ボギー車[9]
  • クラ17・18:1930年加藤車両製2両[10]

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

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