平安時代には和歌にも詠まれた「音羽の滝」が流域に存在したとされる。
- 比叡の山なる音羽の滝を見てよめる
- 落ちたぎつ 滝の水上 年つもり 老いにけらしな 黒き筋なし
- 壬生忠岑 (古今和歌集)
音羽川流域の大半は深層風化した花崗岩で構成され、高野川に合流するまでの扇状地では土石流が頻発していた。このため、1937年(昭和12年)に砂防指定され、1940年にかけて砂防堰堤5基が設置された。その後、1972年(昭和47年)に大規模な土石流が発生したため砂防・治山施設が拡充され、2010年現在(平成22年) 砂防堰堤8基、沈砂池1箇所、治山堰堤20基が整備されるに至っている[1][3]。