須崎昇 From Wikipedia, the free encyclopedia 国籍 日本出身地 北海道生年月日 (1952-01-02) 1952年1月2日(74歳)所属団体 日本中央競馬会(JRA)須崎昇基本情報国籍 日本出身地 北海道生年月日 (1952-01-02) 1952年1月2日(74歳)騎手情報所属団体 日本中央競馬会(JRA)所属厩舎 栗東・久保道雄(1975年 - 1985年) 栗東・太宰義人(1985年 - 1991年)栗東・フリー(1991年 - 1992年)初免許年 1975年3月1日免許区分 平地・障害騎手引退日 1992年3月31日1992年1月18日(最終騎乗)重賞勝利 2勝通算勝利 1520戦121勝テンプレートを表示 須崎 昇(すざき のぼる、1952年1月2日 - )は、北海道出身の元騎手。 1975年3月に栗東・久保道雄厩舎からデビューし、同1日の阪神第4競走4歳300万下・ブルーウエスト(7頭中2着)で初騎乗を果たすと、30日の阪神第4競走障害5歳以上未勝利・リュウパーシャンで初勝利を挙げる[1]。5月18日の京都第2競走4歳未勝利・ニシノミナトで平地初勝利[2]、10月25日・26日の京都で初の2日連続勝利[3]を挙げるなど、1年目の同年は9勝[4]をマーク。 3年目の1977年には4月2日の小倉で初の1日2勝[5]を挙げるなど初の2桁で自己最多の20勝をマークし、1979年まで3年連続2桁勝利を記録[4]。 1978年からはアローエクスプレス産駒アグネスプレスの主戦騎手として活躍し[6]、同年の愛知杯でハシコトブキの2着[6]に入ると、明けて1979年の小倉大賞典ではリードスワローを抑えて人馬共に重賞初勝利[6] [7]を挙げる。スワンステークスではエリモジョージ・ホクトボーイの天皇賞馬2頭を抑えて1番人気に支持されたが、同厩ホクトボーイの2着に終わった[8]。1980年には小倉で行われたスワンステークスを制して重賞2勝目[6] [7]を挙げ、マイラーズカップではニチドウアラシとアタマ差2着[9]に入った。 1984年には雪でダートに変更された中日新聞杯ではリュウボーイでアスコットエイトに大差2着[10] [11]、同様の条件になった京都牝馬特別ではミホクイーンで3着[12]に入る。8月の函館ではタニノブーケの新馬2戦に騎乗し[13]、折り返しの2戦目で後にメジロドーベルの母となるメジロビューティー[14]にクビ差勝利[15]するなど、4年ぶりの2桁勝利となる11勝[4]をマーク。 1985年には開業1年目の太宰義人厩舎に移籍して自身初の0勝に終わったが、1986年は7勝、1987年は3年ぶりで最後の2桁勝利となる10勝をマーク[4]。 1989年には秋だけで4勝[16]、1990年には春3勝・秋4勝の計7勝[17]と勝ち星の全てを福島戦で挙げた。 1991年からはフリーとなり、4月20日の新潟第4競走4歳未出走では14頭中12番人気のパリスハーリーでケイエスミラクルに勝利[18]。11月30日の阪神第3競走3歳新馬ではキョウエイボーガンで好スタートからあっさりとハナに立ち[19]、快調にラップを刻んで他の有力馬のペースを完全に狂わすと[19]、2着を2馬身半と突き放して初戦を勝ち切る[20]。 キョウエイボーガンの新馬勝ちが須崎にとって最後の勝利となり、明けて1992年1月18日の京都第7競走4歳以上500万下・ユタカマル(16頭中10着)を最後に引退[21]。 騎手成績 通算成績1着2着3着4着以下出走回数勝率連対率 平地 106 116 109 1098 1429 .074 .155 障害 15 10 8 58 91 .165 .275 計 121 126 117 1156 1520 .080 .163 主な騎乗馬 アグネスプレス(1979年小倉大賞典、1980年スワンステークス) 脚注 ↑ “須崎昇の近走成績”. netkeiba.com. 2024年12月29日閲覧。 ↑ “須崎昇の近走成績”. netkeiba.com. 2024年12月29日閲覧。 ↑ “抽出[通算 1着レース]|須崎昇の騎手成績|競馬データベース - netkeiba.com”. netkeiba.com. 2024年12月29日閲覧。 1 2 3 4 “須崎昇の年度別成績”. netkeiba.com. 2024年12月29日閲覧。 ↑ “抽出[通算 1着レース]|須崎昇の騎手成績|競馬データベース - netkeiba.com”. netkeiba.com. 2024年12月29日閲覧。 1 2 3 4 “アグネスプレス (Agnes Press)”. netkeiba.com. 2024年12月29日閲覧。 1 2 “抽出[通算 1着レース]|須崎昇の騎手成績|競馬データベース - netkeiba.com”. netkeiba.com. 2024年12月29日閲覧。 ↑ “スワンステークス|1979年5月6日”. netkeiba.com. 2024年12月29日閲覧。 ↑ “読売マイラーズカップ|1980年4月5日”. netkeiba.com. 2024年12月29日閲覧。 ↑ “中日新聞杯|1984年1月22日”. netkeiba.com. 2024年12月29日閲覧。 ↑ “競馬ブックコーナー”. keibado.ne.jp. 2024年12月29日閲覧。 ↑ “京都牝馬特別|1984年1月29日”. netkeiba.com. 2024年12月29日閲覧。 ↑ “タニノブーケ (Tanino Bouquet)”. netkeiba.com. 2025年1月4日閲覧。 ↑ “メジロビューティー (Mejiro Beauty)”. netkeiba.com. 2025年1月4日閲覧。 ↑ “3歳新馬|1984年8月26日”. netkeiba.com. 2025年1月4日閲覧。 ↑ “抽出[]|須崎昇の騎手成績|競馬データベース - netkeiba.com”. netkeiba.com. 2024年12月29日閲覧。 ↑ “抽出[]|須崎昇の騎手成績|競馬データベース - netkeiba.com”. netkeiba.com. 2024年12月29日閲覧。 ↑ “4歳未出走|1991年4月20日”. netkeiba.com. 2024年12月29日閲覧。 1 2 柴田哲孝「伝説のバイプレイヤー 歴史に残らなかった馬が残した物語」(1998年5月 ベストセラーズ)ISBN 458418321X、p60 ↑ 「伝説のバイプレイヤー 歴史に残らなかった馬が残した物語」、p61。 ↑ “須崎昇の近走成績”. netkeiba.com. 2024年12月29日閲覧。 Related Articles~TimelinesTop QsFact Checks