飛鳥みさ子
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1935年(昭和10年)12月13日、愛知県挙母市(現在の同県豊田市)に生まれる[3][4]。
1954年(昭和29年)、神奈川県立横須賀大津高等学校を卒業後、東宝舞踊学校へ入所[3][4]。1955年(昭和30年)4月、第10期東宝ニューフェイスとなり、東宝と専属契約を結ぶ[3][4]。翌1956年(昭和31年)1月22日に公開された本多猪四郎監督映画『若い樹』で映画デビューを果たし、以後、ジャンルを問わず多くの作品に出演[3][4]。特に、1958年(昭和33年)1月6日から放映された菊田一夫原作のテレビドラマ『人知れずこそ』(KRテレビ系列)では、同じく東宝の専属俳優だった大塚国夫と主役を務め、一躍話題となった[3]。また、1961年(昭和36年)3月、フィリピン共和国マニラで開催された第8回アジア映画祭(現在のアジア太平洋映画祭)に、永田雅一、伊藤義をはじめ、女優の原知佐子、叶順子らと参加した記録が残っている[5][6]。
ところが、1962年(昭和37年)11月3日に公開された稲垣浩監督映画『忠臣蔵 花の巻・雪の巻』に脇役出演したのを最後に東宝を退社し、フリーとなったが、ほどなくして芸能界を引退した[3][4]。以後の消息は不明とされていた[3]が、1998年(平成10年)7月9日、急性冠症候群のため亡くなっていたことが分かった[1]。満62歳没。