飯塚浩一郎
From Wikipedia, the free encyclopedia
| ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 名前 | ||||||
| カタカナ | イイヅカ コウイチロウ | |||||
| ラテン文字 | Iizuka Kouichiro | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 |
| |||||
| 生年月日 | 1990年6月15日(35歳) | |||||
| 身長 | 182cm | |||||
| 選手情報 | ||||||
| ポジション | MF | |||||
| 利き足 | 右足 | |||||
| ユース | ||||||
| -2008 |
| |||||
| 2009-2012 |
| |||||
| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
| 2013 |
| 10 | (1) | |||
| 2014 |
| 6 | (0) | |||
|
1. 国内リーグ戦に限る。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||||||
飯塚 浩一郎(いいづか こういちろう、1990年6月15日 - )は、日本の元サッカー選手、現サッカー指導者。元シンガポール代表コーチ。選手時代のポジションはMF。
選手時代
小学生年代から柏レイソルのアカデミーに所属し、高校迄を過ごした。同期に酒井宏樹や指宿洋史、工藤壮人、武富孝介、島川俊郎、仙石廉等がいる黄金世代の一員であった。しかしトップチーム昇格はならず、立命館大学に進学した。大学でもレギュラーを掴み切る事は出来なかったが、一学年上の加藤恒平の影響を受けて海外でのプレーを志すこととなった[1]。
アルゼンチンのCNスポーツでのサッカー留学を経て、2013年にヴィルスリーガのFCダウガヴァに加入した。同年3月30日に初出場を記録した[2]。同年7月17日にはUEFAチャンピオンズリーグ予備予選にも出場した[3]。その後無所属となった。
2014年にOFKアカデミク・スヴィシュトフに加入したが、同年夏に退団した。帰国して柏U-15の練習に参加していたところで才能の差を感じて選手を引退した[1]。
指導者時代
選手引退後はそのまま柏レイソルU-15のアシスタントコーチに就任した。その後同U-18のアシスタントコーチを経て、2017年にU-15の監督に就任すると、同年の日本クラブユースサッカー選手権 (U-15)大会で準優勝を記録した。翌年迄柏の下部組織の指導を執った。
2020年にヤング・ライオンズのアシスタントコーチに就任した。2022年4月からは兼任で西ヶ谷隆之率いるシンガポール代表のアシスタントコーチ兼分析官も務めた[4]。双方ともに2023年末を以て退任した。
所属クラブ
- - 2008年
柏レイソル - 2009年 - 2012年
立命館大学 - 2013年
FCダウガヴァ - 2014年
OFKアカデミク・スヴィシュトフ