島川俊郎

日本のサッカー選手 From Wikipedia, the free encyclopedia

島川 俊郎(しまかわ としお、1990年5月28日 - )は、千葉県市川市出身のプロサッカー選手。ポジションはディフェンダー(センターバック)、ミッドフィールダーJ3リーグSC相模原所属。

愛称 シマ
カタカナ シマカワ トシオ
ラテン文字 SHIMAKAWA Toshio
国籍 日本の旗 日本
概要 島川 俊郎, 名前 ...
島川 俊郎
名前
愛称 シマ
カタカナ シマカワ トシオ
ラテン文字 SHIMAKAWA Toshio
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1990-05-28) 1990年5月28日(35歳)
出身地 千葉県市川市
身長 180cm
体重 76kg
選手情報
在籍チーム 日本の旗 SC相模原
ポジション DF / MF
背番号 4
利き足 右足
ユース
1998-2002 市川FC(市川市立国分小学校
2003-2005 柏レイソルU-15
2006-2008 柏レイソルU-18(柏日体高等学校
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2009-2013 日本の旗 ベガルタ仙台 0 (0)
2012 日本の旗 東京ヴェルディloan 0 (0)
2012 日本の旗 ブラウブリッツ秋田(loan) 12 (0)
2013 日本の旗 ブラウブリッツ秋田(loan) 15 (0)
2014-2015 日本の旗 ブラウブリッツ秋田 67 (1)
2016 日本の旗 レノファ山口FC 2 (0)
2016 日本の旗 栃木SC(loan) 11 (3)
2017-2018 日本の旗 ヴァンフォーレ甲府 27 (2)
2019-2020 日本の旗 大分トリニータ 52 (2)
2021-2023 日本の旗 サガン鳥栖 39 (0)
2024 日本の旗 徳島ヴォルティス 7 (0)
2024 中華民国の旗 台中FUTURO 12 (1)
2025- 日本の旗 SC相模原 30 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2025年12月4日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj
閉じる

来歴

プロ入り前

元々野球選手になりたかったが、友達がサッカー部に入ったのをきっかけに小学校2年生の時にサッカーを始める[1]。県のトレセンに参加したときに出会った柏レイソルジュニアの面々に衝撃を受け、自身も県選抜に入ったことをきっかけに柏レイソルジュニアユースに加入する[1]。このときの柏レイソルユースは吉田達磨の指導の下「黄金世代」と呼ばれた世代で、同期だけで酒井宏樹工藤壮人比嘉厚平山崎正登武富孝介仙石廉指宿洋史畑田真輝、そして島川という計9名のプロ選手を輩出している[2]

ベガルタ仙台/東京ヴェルディ

トップチーム昇格は果たせず、クラブユース選手権にスカウトが見に来たというベガルタ仙台に2009年に入団[1]U-20日本代表のスペイン遠征メンバーに選ばれるなど期待されたが[3]、2009年秋に左膝外側半月板損傷で手術を受ける[4]、2011年夏の練習中に右足関節脱臼骨折で全治4ヵ月の重傷を負うなど度重なるケガを負い[5]、トップでの出場機会は無かった。

2012年に出場機会を求めて東京ヴェルディに期限付き移籍するが、ここでも出場機会はなかった。

ブラウブリッツ秋田

2012年7月に当時日本フットボールリーグ(JFL)ブラウブリッツ秋田に期限つき移籍。同年7月29日JFL第22節・横河武蔵野FC戦(江東区夢の島陸上競技場)で公式戦初出場を果たしたが、その試合で前半だけで2枚の警告を貰い退場となった[6]

2013年シーズン前に仙台へ復帰したが[7]、出場機会は得られず同年6月に再度秋田へ期限付き移籍した[8]2014年からはJ3リーグに参入した秋田へ完全移籍[9]。守備の要として32試合に出場。翌年はキャプテンも務め35試合に出場した。

レノファ山口/栃木SC

2016年、4年間在籍した秋田を離れ、J2に昇格したレノファ山口FCに完全移籍[10]。しかし、3度の肉離れもあって2試合の出場にとどまり[11]、夏の移籍期間で、秋田時代の恩師・横山雄次が率いる栃木SCに期限付き移籍[12]。サイドバックとしてチームをJ2・J3入れ替え戦にまで導いたが、J2昇格を逃した。

ヴァンフォーレ甲府

2017年、柏U-18時代に指導を受けた吉田達磨の誘いに応じ[11][13]ヴァンフォーレ甲府に完全移籍[14]。第5節・北海道コンサドーレ札幌戦にてJ1初出場を果たしたものの、前半戦の出場機会は2試合に留まっていた。しかし、ベテランの山本英臣のプレーに感化されたこともあり[11]、後半戦ではアンカーのポジションで先発の座を勝ち取り、7試合連続で先発出場するなど出場機会を伸ばした[13]

大分トリニータ

2019年、J1に昇格した大分トリニータに完全移籍[15]2020年9月9日のJ1第15節・湘南ベルマーレ戦にてJ1初得点をマークした[16]

サガン鳥栖

2020年12月30日、わざわざ練習を見に行くほど「サッカーに魅力を感じていた」というサガン鳥栖への完全移籍が発表された[11][17]

2023年12月5日、契約満了が発表された[18]

徳島ヴォルティス

2024年1月5日、徳島ヴォルティスへの移籍を発表[19]。開幕から全7試合に出場していたが、4月1日に現役を引退することを発表した[20]

台中FUTURO

引退後は鳥栖市を拠点とし、かつての在籍クラブを訪れながら愛車での日本一周を行なっていたが、台湾社会人甲級サッカーリーグ台中FUTUROからのオファーを受け、2024年7月20日に同クラブへの入団が発表された[21]

SC相模原

2024年12月27日、SC相模原へ移籍することが発表された[22]

人物・エピソード

所属クラブ

個人成績

さらに見る 国内大会個人成績, 年度 ...
国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2009仙台29J200-0000
2010J100000000
201100000000
2012東京VJ200--00
2012秋田19JFL120-20140
2013仙台4J10000-00
2013秋田22JFL150-20170
20144J3320-20340
2015351-21372
2016山口20J220--20
栃木29J3113--113
2017甲府2J11305010190
201820J21423000172
2019大分4J12202040280
202030200-302
2021鳥栖2603020310
2022903020140
2023405020110
2024徳島27J27000-70
台湾 リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
2024台中27甲級121--121
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2025相模原4J33000040340
2026J2・J3--
通算日本J1 10421801101332
日本J2 2323000262
日本J2・J3 --
日本J3 108400811165
日本JFL 270-40310
総通算 26282102313069
閉じる

その他の公式戦

さらに見る 国際大会個人成績, 年度 ...
国際大会個人成績
年度クラブ背番号出場得点
AFCACL
2013仙台400
通算AFC 00
閉じる

タイトル

クラブ

ベガルタ仙台

代表歴

  • 2005年 U-15日本代表 (AFC U-17選手権予選1試合出場0ゴール)
  • 2006年 U-16日本代表候補
  • 2009年 U-20日本代表候補

脚注

関連項目

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI