飯沼長資

From Wikipedia, the free encyclopedia

飯沼 長資(いいぬま ながすけ、天正8年(1580年) - 慶長5年7月14日1600年8月22日))は、安土桃山時代武将織田氏家臣。勘平。通称、小勘平

飯沼長実の子として誕生。飯沼氏美濃池尻城三千貫の豪族[1]だが、祖父・飯沼長継天正11年(1583年)に織田信孝に内通したとして豊臣秀吉に処刑され、父・長実は前田利家に仕えたが、金沢で殺人を犯したため前田家から出奔するなど波乱に満ちた一族である。

長資は武勇に優れ「岐阜四天王」の一人に称されている。小勘平とは飯沼氏の当主が代々勘平と称したことで、父・長実からみた場合「小」がつくので称がこうなる。

略歴

脚注

参考資料

Related Articles

Wikiwand AI