飯田龍一郎
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小学3年の時に野球を始める[1]。育英高校では2年秋に県大会3位で近畿大会へ進むが初戦で金光大阪高の吉見一起と延長10回を投げ合って惜敗。3年夏の県大会初戦で延長11回に2点本塁打を打たれて敗退し、甲子園出場は無し[1]。高校通算18試合、防御率1.75[1]。
2002年のドラフトで左腕不足に悩む横浜から7巡目指名を受け入団。長身から投げ下ろす速球が魅力の左腕として紹介された。入団後は制球に苦しみ、カーブやフォークを武器とする技巧派として左打者に対するワンポイントリリーフ役で一軍昇格を目指した。
2005年8月21日の対中日ドラゴンズ戦で一軍初登板したが、これが最後の登板となった。2007年10月に球団から戦力外通告を受け、現役を引退。
引退後は、球団職員(横浜DeNAベイスターズ チームマネージャー)に転身。2011年には水谷新太郎元コーチの娘で東京ヤクルトスワローズでウグイス嬢を務める女性と結婚した[2]。