香本
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香本(こうほん)は、かつて存在したと考えられる『源氏物語』の写本である。
概要
「香本」が現れる文献
「香本」なる名称は以下のような文献に現れる[1]。
- 平瀬本「横笛」巻奥書
- 「本云
- 貞応二年六月十四日校合了
- 建長二年卯月廿三日朱点了
- 同廿四日一校了
- 同五月六日又校合了
- 同十二日又校合了
- 又以他三本校了者可為証本
- 又以武衛本校了
- 又以香本一校了
- 建長六年五月二日又校了 無不審」[2]
- 「本云
- 以三本逐一校而巳
- 後日花本俊本古本高本愚本修一校了可謂証本而巳」[3]
とある「高本」について、「香本」と同じ本を指すのではないかとの見解も存在している。
本文
各種文献に見える「香本」の本文を現存するさまざまな写本の本文と比較してみるとは、以下のように青表紙本に近い場合や青表紙本とも河内本とも言い難い場合などがあり、現在の本文系統の区分にあてはめると「別本」に属する本文であるということが出来る本文である。
- 絵合巻 「かのうら/\のまき中宮にさふらはせ給へ」
- 青表紙本の「かの浦々の巻は、中宮にさぶらはせたまへ」と「は」が無い以外は一致する
- 玉鬘巻 「まとゐそはなぬれかし」
- 浮舟巻 「きさらきのいつか」
- 手習巻 「葉のうすき」
巻序
左京権大夫
『仙源抄』において「香本」について「左京権大夫香表紙本也」と注記されていることについて、池田亀鑑は「左京権大夫」なる人物の所持本であることを意味するのだろうとした。池田利夫はこの「左京権大夫」は、藤原信実の子藤原為継(1206年 - 1265年)であろうとした[8]が、寺本直彦はこの「左京権大夫」について藤原為継である可能性を認めつつも、為継と同じく左京権大夫であった為継の父藤原信実である可能性の方が高いのではないかとしている[9]。さらに寺本は、藤原為継とその父藤原信実が八条院に近い立場にあったことと竹河→紅梅となっている「香本」の巻序が平安時代末期の歌人藤原資隆が八条院のために著したとされている故実書『簾中抄』の異本の一つ「白造紙」等に見られる巻序と同じであること[10]などから、八条院の周辺に竹河→紅梅という巻序を持った伝本群が存在した可能性を想定している[11]。
参考文献
- 池田亀鑑『源氏物語大成 巻7 研究資料篇』中央公論社、1956年(昭和31年)11月。 ISBN 4-12400-447-8
- 池田亀鑑『源氏物語大成 第十二冊 研究篇』中央公論社、1985年(昭和60年)9月。 ISBN 4-1240-2482-7
- 寺本直彦「源氏物語「香本」考」『源氏物語論考 古注釈・受容』 風間書房、1989年(平成元年)12月、pp. 199-225。 ISBN 4-7599-0750-5
- 陣野英則「『源氏物語』古注釈における本文区分 『光源氏物語抄一異本紫明抄)』を中心に」早稲田大学大学院文学研究科編『早稲田大学大学院文学研究科紀要 第3分冊』第49号 [2003年度] 、早稲田大学大学院文学研究科、pp. 3-17。