香東川
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歴史
江戸時代の初頭まで香東川は、現在の高松市香川町大野あたりで2つに分かれ、分流は現在の水路、本流は一宮から室山(紫雲山)の麓を通り、現在の高松市街地を北上して高松城の西側付近で海に注いでいた。高松市街地において本流の西側の堤は渋柿地蔵(高松市中野町)や法泉寺(高松市番町)付近、東側の堤は現在の田町商店街、南新町商店街付近にあり、ほぼ現在の中央通りに該当する。
当時の本流は、堆積した土砂で川底が浅くなり、雨が降る度に洪水を起こしていた為、1637年(寛永14年)、西嶋八兵衛により本流を当時の分流であった現在の水路に切り替えられた。切り替え後に残った本流の伏流水は栗林公園の庭づくりに利用された[1]。
流域の自治体
主な支流
- 椛川
- 内場川(内場ダムを擁する)
- 西谷川

