馬丁安

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馬丁安(ま ちょうあん[1]、生没年不詳[1])は、百済五経博士。『日本書紀』によると、百済から日本に派遣されていたが、欽明天皇十五年(554年)に日本から帰国。百済での官位は固徳[1]中国系姓名であるため、百済帰化していた中国人とみられるが[2]末松保和などの研究によると、中国南朝の文化人である[3][4][5]

脚注

関連項目

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