駒岡 (札幌市)
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かつては真駒内種畜場の放牧地だった[3]。
1945年(昭和20年)、日本の敗戦に伴い、アメリカ軍の演習場として接収される[3]。その後、日本国外から引き揚げてきた人々がアメリカ軍と折衝を行い、緊急開拓地としての認可を得た[3]。1947年(昭和22年)、「真駒内開拓団」が入植を開始する[3]。彼らは何の資産も持たなかったが、製炭・酪農・畑作に従事し、農業協同組合を設立して、精進川の水力による自家発電を完成させるに至った[4]。
1949年(昭和24年)に小学校が新設されるとき、校地が真駒内と西岡の境界近くであったことから、両地区より一字ずつを取って「駒岡小学校」と命名した[3]。これを契機に、一帯を指す名称も「駒岡」となる[3]。
1950年(昭和25年)に朝鮮戦争が勃発すると、その余波でアメリカ軍の実弾演習が激しさを増したため、一部の入植者は再買収されて離農し、駒岡小学校は精進川沿いに移された[5]。
1954年(昭和29年)、アメリカ軍から基地用地が返還される[4]。1964年(昭和39年)には駒岡団地が造成され、宅地化が進んだ[4]。
施設
- 札幌市立駒岡小学校
- 札幌市駒岡清掃工場
- 札幌市保養センター駒岡