高亮 From Wikipedia, the free encyclopedia 高 亮(こう りょう、生没年不詳)は、中国の北斉の皇族。襄城王。孝昭帝高演の庶出長男。母は桑氏[1][2]。字は彦道[3][4][5]。 経歴 襄城王高淯の後を嗣いだ。徐州刺史となったが、商人の財物を奪った罪で免官された。武平7年(576年)、後主が北周の武帝の軍に敗れて鄴に撤退すると、高亮も後主に従って鄴に入った。太尉・太傅の位に転じた。北周軍が鄴を攻撃すると、高亮は啓夏門で防戦にあたった。北斉の諸軍はみな戦わずして敗れ、北周軍は諸城門から入城したので、高亮の軍も敗走した。高亮は馬のまま太廟に入ると、慟哭して祖先に謝罪し、その後に北周軍に捕らえられた。関中に入ると、儀同の位を受け、辺境に流されて、龍州で死去した[6][4][5]。 脚注 [1]北斉書 1972, p. 158. [2]北史 1974, p. 1886. [3]氣賀澤 2021, p. 164. [4]北斉書 1972, p. 137. [5]北史 1974, p. 1865. [6]氣賀澤 2021, pp. 164–165. 伝記資料 『北斉書』巻10 列伝第2 『北史』巻51 列伝第39 参考文献 氣賀澤保規『中国史書入門 現代語訳北斉書』勉誠出版、2021年。ISBN 978-4-585-29612-6。 『北斉書』中華書局、1972年。ISBN 7-101-00314-1。 『北史』中華書局、1974年。ISBN 7-101-00318-4。 Related Articles