慶長8年(1603年)、和歌山城で誕生する。慶長14年(1609年)に徳川義直と縁談をし、元和元年(1615年)に結婚する。寛永10年(1633年)に義直の2子と江戸に移るまで、名古屋城の本丸御殿に居住した[1]。2人の間に子供が生まれないまま、寛永14年(1637年)に35歳で死去し、萬松寺に葬られた。戒名は高原院大岳宗椿大禅尼。
春姫には子供がなかったが、謹厳実直な義直は側室を置こうとはしなかった。しかし尾張徳川家の存続という責務も果たさねばならず、土井利勝は公命により側室を置くことをすすめた(『金府紀較』)。後に義直の跡は側室の子である徳川光友が継いでいる。