高木成太
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|---|---|---|---|---|---|---|
| 名前 | ||||||
| 愛称 | ナリ、ナリタ | |||||
| カタカナ | タカキ ナリタ | |||||
| ラテン文字 | TAKAKI Narita | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 |
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| 生年月日 | 1977年4月5日(48歳) | |||||
| 出身地 | 長崎県 | |||||
| 身長 | 174cm | |||||
| 体重 | 65kg | |||||
| 選手情報 | ||||||
| ポジション | MF | |||||
| 利き足 | 右足 | |||||
| ユース | ||||||
| 1993-1995 |
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| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
| 1996-1997 |
| |||||
| 1998 |
| 0 | (0) | |||
| 1999-2003 |
| 102 | (8) | |||
| 2002 |
→ | 14 | (0) | |||
| 2005 |
| 19 | (1) | |||
| 2006 |
| 6 | (0) | |||
| 2006 |
| 0 | (0) | |||
| 2009-2010 |
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| 2011-2014 |
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| 通算 | 141 | (9) | ||||
| 監督歴 | ||||||
| 2010-2014 |
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1. 国内リーグ戦に限る。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||||||
1993年長崎県立国見高校に入学。全国高等学校サッカー選手権大会に2度(第73回 (1994年)、第74回 (1995年))出場したが、第73回は3回戦、第74回は2回戦で敗退した。なお、同級生に船越優蔵、松本磨、百武義成などがいる。
ブレイズ熊本所属時にASAYANのJリーガーオーディションで落選したが、これがきっかけのひとつとなりヴェルディ川崎に入団した[1]。
横浜FC草創期のメンバーで、JFLからJ2への昇格を果たした時の中心選手。2005年のアルテ高崎所属時には、天皇杯3回戦で横浜FCと三ツ沢球技場で対戦した際に横浜FCサポーターから大きなブーイングを受けた。また、試合終了後には三浦知良とユニフォーム交換もしている[2]。
FC岐阜所属時の2006年12月16日、自身の公式ファンサイトにおいてFC岐阜を退団して当時三重県リーグ所属だったM.I.E.ランポーレFCへ移籍し、2007年1月13、14日の東海社会人サッカートーナメント大会を最後に引退することを表明[3]。三重県営鈴鹿スポーツガーデンで行われた東海社会人トーナメントでランポーレの東海社会人サッカーリーグ昇格を果たし、プロ選手としてのキャリアを終了する。なお東海社会人トーナメントの結果は、13日のFCゴール(愛知県1位)は4-0、14日のヤマハ発動機(静岡県1位)は1-0で勝利した[4]。
2007年2月20日横河武蔵野FCユースの監督となったが、同年4月5日(本人の誕生日)監督を辞して、同年6月より墨田区および葛飾区を中心とした総合型スポーツクラブ「NSP FC」の立ち上げに参画。また、2007年度より2010年度まで横浜FCサッカースクール スクールマスターでもあった。
2009年度より東京都リーグ4部所属のNSP FCトップチームでアマチュアとして現役復帰することを表明し[5]、2008年12月14日から同クラブにて東京都北区サッカー協会会長杯の初戦から選手として復帰。優勝をしている[6]。
2010年11月、FC鈴鹿ランポーレの監督に就任し、翌年からの指揮を執ることが発表された。選手としても登録されている。2012年10月、就任2年目にして東海リーグを制す。開幕戦から1度も首位に立つことなく最終戦にFC岐阜SECONDに逆転勝利し、逆転優勝した[7]。
2014年12月、4年間務めたFC鈴鹿ランポーレの監督を退任[8]。その後はFC鈴鹿ランポーレの強化部長を務めていたが、2015年2月に退団が発表された[9]。
2015年4月投開票の鈴鹿市議会議員選挙に立候補し[10]、1,293票を得票したが落選した[11]。2016年4月からは東京23FC U-18チームの監督に就任している[12]。
所属クラブ
個人成績
| 国内大会個人成績 | |||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 年度 | クラブ | 背番号 | リーグ | リーグ戦 | リーグ杯 | オープン杯 | 期間通算 | ||||
| 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
| 日本 | リーグ戦 | リーグ杯 | 天皇杯 | 期間通算 | |||||||
| 1996 | B熊本 | 九州 | - | ||||||||
| 1997 | - | ||||||||||
| 1998 | V川崎 | 29 | J | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
| 1999 | 横浜FC | 14 | JFL | 17 | 0 | - | 1 | 0 | 18 | 0 | |
| 2000 | 20 | 5 | - | 1 | 0 | 21 | 5 | ||||
| 2001 | J2 | 42 | 2 | 4 | 0 | 4 | 2 | 50 | 4 | ||
| 2002 | 東京V | 20 | J1 | 14 | 0 | 6 | 1 | 1 | 0 | 21 | 1 |
| 2003 | 横浜FC | 7 | J2 | 23 | 1 | - | 0 | 0 | 23 | 1 | |
| 2005 | ホリコシ | 2 | JFL | 19 | 1 | - | 3 | 0 | 22 | 1 | |
| 2006 | 岐阜 | 3 | 東海1部 | 6 | 0 | - | 0 | 0 | 6 | 0 | |
| 2006 | M.I.E. | 三重県1部 | 0 | 0 | - | ||||||
| 2009 | NSP | 14 | 東京都4部 | - | - | ||||||
| 2010 | - | - | |||||||||
| 2011 | 鈴鹿 | 33 | 東海1部 | - | |||||||
| 2012 | 0 | 0 | - | 0 | 0 | 0 | 0 | ||||
| 通算 | 日本 | J1 | 14 | 0 | 6 | 1 | 1 | 0 | 21 | 1 | |
| 日本 | J2 | 65 | 3 | 4 | 0 | 4 | 2 | 73 | 5 | ||
| 日本 | JFL | 56 | 6 | - | 5 | 0 | 61 | 6 | |||
| 日本 | 東海1部 | 6 | 0 | - | 0 | 0 | 6 | 0 | |||
| 日本 | 九州 | - | |||||||||
| 日本 | 三重県1部 | 0 | 0 | - | |||||||
| 総通算 | 10 | 1 | |||||||||