高木雅行 (映画プロデューサー) From Wikipedia, the free encyclopedia 高木 雅行(たかぎ まさゆき)は元日活の映画プロデューサー。 1954年に日活入りし、映画『黒い潮』で初めてプロデュースを務めた[1]。翌年、市川崑を日活に引き抜き[2][3]、自ら企画し、市川が監督を務めた『ビルマの竪琴』ではアカデミー国際長編映画賞にノミネートされた[4]。また赤木圭一郎を見出し、日活で俳優になることを勧め[5]、日活に入社させ、赤木の主演の『打倒』[6]、『紅の拳銃』を企画した[7]。その後も1970年まで石原裕次郎、小林旭主演作品など、多くの映画を企画した。 1970年の日米合作映画『トラ・トラ・トラ!』では製作補助として映画化に携わった[8]。 主な作品 黒い潮 (1954年) 青春怪談 (1955年) こころ (1955年) 乳母車 (1956年) 夏の嵐 (1956年) ビルマの竪琴 (1956年) 知と愛の出発 (1958年) 完全な遊戯 (1958年) 風のある道 (1959年) 逃亡者 (1959年) 東京の孤独 (1959年) 今日に生きる (1959年) ゆがんだ月 (1959年) 打倒 (1960年) 喧嘩太郎 (1960年) 紅の拳銃 (1961年) 闇に流れる口笛 (1961年) ろくでなし稼業 (1961年) 赤い殺意 (1964年) 無頼無法の徒 さぶ (1964年) 殺人者を消せ (1964年) 河内ぞろ 喧嘩軍鶏 (1964年) 河内ぞろ どけち虫 (1964年) 何処へ (1964年) 俺たちの血が許さない (1964年) 命しらずのろくでなし (1965年) 星と俺とできめたんだ (1965年) 刺青一代 (1965年) 拳銃無頼帖 流れ者の群れ (1965年) 泣かせるぜ (1965年) 悪太郎伝 悪い星の下でも (1965年) ギャングの肖像 (1965年) 夜のバラを消せ (1966年) 日本仁侠伝 血祭り喧嘩状 (1966年) 大空に乾杯 (1966年) 新遊侠伝 (1966年) 夜霧よ今夜も有難う (1967年) 波止場の鷹 (1967年) 対決 (1967年) 血斗 (1967年) 遊侠三国志 鉄火の花道 (1968年) 昭和のいのち (1968年) あゝひめゆりの塔 (1968年) 嵐の勇者たち (1969年) 地獄の破門状 (1969年) 日本残侠伝 (1969年) 野良猫ロック セックス・ハンター (1970年) 女の警察 乱れ蝶 (1970年) トラ・トラ・トラ! (1970年) 大いなる旅路 (1972年) 脚註 ↑ “黒い潮”. 文化庁 日本映画情報システム. 2022年8月17日閲覧。 ↑ 『完本 市川崑の映画たち』、市川崑・森遊机、2015年11月発行、洋泉社、P110~111 ↑ “市川崑バイオグラフィー”. 市川崑 公式サイト. 2022年8月17日閲覧。 ↑ “The 29th Academy AwardsNominees”. オスカー公式サイト. 2022年8月17日閲覧。 ↑ 週刊現代2021年9月4日号「昭和の怪物」研究その134・赤木圭一郎 p.173-180 ↑ “打倒”. 日本映画情報システム 文化庁. 2022年8月17日閲覧。 ↑ “紅の拳銃”. 日本映画情報システム 文化庁. 2022年8月17日閲覧。 ↑ “トラ・トラ・トラ!”. 映画COM. 2022年8月17日閲覧。 外部リンク 高木雅行 Kinenote 典拠管理データベース 全般ISNIVIAFWorldCat国立図書館アメリカオーストラリア芸術家MusicBrainz人物Troveその他Yale LUX Related Articles