高梁市立中井小学校

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国公私立の別 公立学校
設置者 高梁市
学区 高梁市の一部
併合学校 津々尋常小学校(津々分校)
柴倉尋常小学校(柴倉分校)
高梁市立中井小学校
北緯34度53分55秒 東経133度35分08秒 / 北緯34.8985度 東経133.58542度 / 34.8985; 133.58542座標: 北緯34度53分55秒 東経133度35分08秒 / 北緯34.8985度 東経133.58542度 / 34.8985; 133.58542
国公私立の別 公立学校
設置者 高梁市
学区 高梁市の一部
併合学校 津々尋常小学校(津々分校)
柴倉尋常小学校(柴倉分校)
設立年月日 1873年(明治6年)
閉校年月日 2026年3月(予定)
共学・別学 男女共学
分校 津々分校(1967年廃止)
柴倉分校(同上)
学期 3学期制
学校コード B133210001723 ウィキデータを編集
所在地 719-2402
岡山県高梁市中井町西方300
外部リンク 公式サイト
ウィキポータル 教育
ウィキプロジェクト 学校
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高梁市立中井小学校(たかはししりつ なかいしょうがっこう)は、岡山県高梁市中井町西方にある公立小学校である。2026年3月をもって閉校予定。

1873年明治6年)に開校した平渓小学校として創立された。いくつかの改称を経て1942年昭和16年)に今の校名である「中井」が付いた。高梁市立になったのは1955年(昭和30年)であり、合併に伴った変更であった。

高梁市の北東部の山間部に位置しており、新見市の一部からも越境して登校してくる児童が存在している。

2026年令和8年)3月には閉校して、付近の義務教育学校である、高梁市立有漢学園に統合される予定となっている[1]

周辺には今の中井町西方出身の山田方谷[2]の墓や方谷園がある。

沿革

略歴

1873年明治6年)に寺の一部を借用して平渓小学校として開校した。1882年(明治15年)に校舎を新築した後、改名や高等科の併置をしつつ、2つの分校を設置した。分校はどちらも独立したものの、最終的に再び分校となり、廃止された[3]

1941年昭和16年)には「平渓」から現在の校名である「中井」が名付けられ、1955年(昭和30年)に高梁市立の学校となった[3]

2024年(令和6年)頃からは高梁市の学校再編計画により、義務教育学校である高梁市立有漢学園への合併へ向けて、準備委員会が設置された[3]2026年3月に閉校し、4月に統合される予定である。

年表

《主な出典:[3]

  • 1873年明治6年)- 定光寺に仮校舎を設置し、平渓小学校として創立される。また、津々に第2小学校を、柴倉に柴倉分教場を設置する。
  • 1882年(明治15年)- 校舎を新築し移転する。
  • 1887年(明治20年)- 平渓簡易小学校に改称する。
  • 1888年(明治21年)- 高等科を併置する。
  • 1890年(明治23年)- 小学校令の発布に伴い、平渓尋常小学校に改称する。
  • 1893年(明治26年)- 津々の第2小学校が独立し、津々尋常小学校となる。
  • 1902年(明治35年)- 柴倉分教場が独立し、柴倉尋常小学校になる。
  • 1908年(明治41年)- 津々尋常小学校と柴倉尋常小学校を統合する。
  • 1932年昭和7年)- 新校舎、講堂が落成する。
  • 1941年(昭和16年)4月 - 国民学校令の発布に伴い、中井村立中井国民学校に改称する。
  • 1947年(昭和22年)4月 - 学制改革の発布に伴い、中井村立中井小学校に改称する。また、同時に本校の一部を借用して、中井村立中井中学校が開設される。
  • 1955年(昭和30年)4月 - 高梁市立中井小学校に改称する。
  • 1959年(昭和34年)11月11日 - 校歌が制定される。
  • 1967年(昭和42年)3月 - 津々分校と柴倉分校を廃止、統合する。
  • 1969年(昭和44年)4月 - 新校舎が落成される。
  • 1996年(平成8年)3月 - 高梁市立中井中学校が閉校し、高梁市立高梁北中学校になる[4]
  • 1997年(平成9年)3月 - 旧中井中学校の跡地に高梁市立中井幼稚園の新園舎ができる[注釈 1][4]
  • 2024年令和6年)5月 - 学校再編準備委員会が発足する。
  • 2026年

校歌

作詞を間野捷魯、作曲を佐藤吉五郎が担当した。全3番まで存在しており、1959年(昭和34年)11月11日に制定された。歌詞には旧中井村出身の山田方谷[2]の「方谷」や付近の山である「秋葉山」が登場している[3]

校歌については公式サイトの下部を参照。

教育方針

《主な出典:[3]

学校教育目標

ふるさとを愛し、夢に向かってたくましく生きる児童の育成

めざす学校像

  • 心豊かで、笑顔があふれる学校
  • 夢や志をもち生き生きと学ぶ学校
  • 保護者・地域から信頼される学校

めざす児童像

  • 心も体もたくましい子(元気な子)
  • 認め合い助け合う子(思いやりのある子)
  • 自ら考え行動する子(学ぶ子)

めざす教職員像

  • 児童に愛情をもって接する教職員
  • 向上心と使命感をもって研鑽に励む教職員
  • 地域や保護者と協働する教職員

学区・進学先

学区

高梁市のうち、中井町(入江・丑手を除く)が対象である[5]。また、新見市の井倉野、羽代、滝本も越境通学できる[注釈 2][6]

進学先中学校

公立の中学校へ進学する場合は高梁市立高梁北中学校へ進学する[5]

1947年から1996年までは隣接していた高梁市立中井中学校に通学していた[4]

関連項目

脚注

外部リンク

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