高槻まつり
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大阪府高槻市にて、1970年(昭和45年)に初開催。神霊などを祀る儀式と関わりのない催事であり、市民フェスタとして開催される。メインの踊りでは、『高槻音頭』、『高槻ウェーブ』という曲が用いられる。
1970年から1992年までは、高槻城公園・高槻現代劇場などが会場であったが、高槻市制50周年記念事業の一環として、1993年から、現在の会場及びルートに変更された。また、過去には富田会場も存在した。
2020年及び2021年は、新型コロナウィルス感染拡大の影響により、開催中止。2022年からは一部の規模を縮小して開催されている。
2025年より、高槻城公園芸術文化劇場南館、城北通商店街、高槻センター街、高槻市立第一中学校正門前道路(メインステージ)及びグラウンドに会場が変更された(92年までの会場への事実上の帰還)なお、桃園小学校グラウンドは引き続き使用される。
日程
規模
- 実際の広さ
- 現在の会場は東端を阪急みずき通り阪急高槻市駅北口前まで、西端を同通り桃園小学校北交差点手前、南端をけやき大通り国道171号に接する手前、北端を同通り高槻センター街北側入り口付近までとされる。これらは祭りの開催時間は歩行者天国の交通規制がかかり、JR高槻南ロータリーへの車両の進入規制、各通りへの進入規制も実施される。祭り期間中に自動車・バス・タクシーを利用する際はあらかじめ注意が必要となる。高槻市営バスの富田団地方面等、及び京阪バス・高槻枚方線の各路線は、駅前での乗り入れができないため、すべて国道171号線経由で迂回運行となる。
- 来場者数
- 推計ではあるが、18万人の来場が見込まれている。
- 支援の規模
- 地元の企業を中心に多数の企業が後援を行っている。本社の有無に関わらず、小さな店舗、支社、支店、FCなども参加している。人的支援も各学校、公的機関、ボーイスカウト、福祉団体も協力し祭りの安全な運営に努めている。
配置
高槻市役所総合庁舎前に本部テントが設置されている。メインとなる会場は特設ステージが設営される桃園小学校の校庭グラウンドであり、この時期のみ一般の入場が許可されている。他にも総合庁舎周辺敷地・市役所周辺敷地内も通行が許可される。夜店はメイン会場・総合庁舎周辺・各通り沿いに設置される。この祭りの特徴のひとつでもあるパレード開催に際し、混乱などを避けるため、集合場所が別途定められていたり、パレード中は一時的にけやき大通りの歩行者天国をロープなどで仕切って通行止めにし、そこをパレードが通る形となっている。期間中、隣接する高槻センター街も祭り様の状態となるが、こちらは会場として指定されておらず、まつりにあわせて商店による夜店が設置される。
各種行事
- パレード
- チアリーディングや創作ダンスなど、あらかじめ選考された団体が、けやき大通りを北から南にかけて練り歩く。
- 踊りに途中参加することは出来ないが、一部パレード参加団体は観客に対し物を配るなどする場合もある。
- 高槻ウェーブ
- メイン会場特設ステージで『高槻ウェーブ』に合わせて踊りを踊るものと、けやき大通りで踊るものが存在する。
- 子供から大人まで参加できるようになっているが、当日の直接参加は許可されない。
- 市民バザール
- 抽選で選ばれた者のみが出品できるが購入・入場は自由となっている。基本的に社会福祉団体などが中心となっており、フリーマーケットとしての側面は薄い。
- 各種催し物
- 太鼓や民謡、盆踊りなどメイン会場で執り行われる催し物は多岐にわたる。