高橋明 (医学者)
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1884年11月5日に愛知県渥美郡泉村(現・田原市)に生まれる。旧制第一高等学校を経て京都帝國大学福岡医科大学(現・九州大学医学部)に入学した。1909年11月に同校を卒業し、翌月東京帝国大学(現・東京大学)大学院に入学。皮膚病学会を創設した土肥慶蔵教授に学ぶ。1913年9月に大学院を退学し、ベルリン大学に留学して泌尿器疾患の研究を行なう。さらにロンドンに行きセント・ピーター・ホスピタルで泌尿器科を視察した後、1915年に帰国した。
1916年2月に新潟医学専門学校(現・新潟大学医学部)の教授に就任。1917年5月14日、医学博士の学位を受けた[1]。1922年、同校の改組に伴い新潟医科大学教授となる。1927年、東京帝国大学(現・東京大学)の教授に就く。同校では泌尿器のX線診断、尿路結石、膀胱腫瘍などの研究を行なっている。また、1929年から1942年にかけて日本泌尿器科学会の会長を9回務めた。
1946年に東京逓信病院の院長に就任して1962年まで務めた。1948年に東京大学を退官し、名誉教授となる。また同年日本医師会会長に就く。1957年からは10年間、学校法人獨協学園理事長を務めた。1965年に正三位を、1970年に勲三等を贈られたのち1972年3月12日に心不全で亡くなる。
脚注
- ↑ 『官報』第1449号、大正6年6月1日。
参考文献
- 高安久雄『高橋明先生の御逝去を悼む』 日本泌尿器科學會雜誌、Vol.63(8)、P.585-587、1972年
初代 北里柴三郎1916-1931 / 2代 北島多一1931-1943 / 3代 稲田龍吉1943-1946 / 4代 中山寿彦1946-1948 / 5代 高橋明1948-1950 / 6代 田宮猛雄1950 / 7代 谷口弥三郎1950-1952 / 8代 田宮猛雄1952-1954 / 9代 黒澤潤三1954-1955 / 10代 小畑惟清1955-1957 / 11代 武見太郎1957-1982 / 12代 花岡堅而1982-1984 / 13代 羽田春兔1984-1992 / 14代 村瀬敏郎1992-1996 / 15代 坪井栄孝1996-2004 / 16代 植松治雄2004-2006 / 17代 唐澤祥人2006-2010 / 18代 原中勝征2010-2012 / 19代 横倉義武2012-2020 / 20代 中川俊男2020-2022 / 21代 松本吉郎2022- |
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